秋のおすもう文化講座~おすもうことばその①~

秋巡業も真っ只中、めっきり日も短くなり、朝晩の冷えも秋を思わせる空気が漂う今日このごろ。文化の面からおすもうにアプローチしてみました。私たちがふだん使っていることばには、おすもうから生まれたことばが意外とたくさんあります。そこで今回は、元辞書編集者で『悩ましい国語辞典』の著者でもある神永曉先生に「おすもうことば」を解説していただきました。

[おすもうの技から派生したことば]

揚げ足を取る(アゲアシヲトル)

おすもうや柔道などで、相手の上げた足をとること、またとって倒すこと。足技を使うことを指す。

日常相手の言い損ないや言葉尻をとらえてからかったり攻めたりすること。

<ひとこと解説>

あまりいい意味では使われないように、足技で勝つというのは、ちょっとひきょうなイメージがあったのかもしれませんね。

<例文>

「あのおすもうさんはいつもおとうと弟子の揚げ足ばかり取っているね」

「でも今日は自分が揚げ足を取られて負けちゃったよ」

勇み足(イサミアシ)

おすもう、相手を土俵際まで追い込みながらも、勢いあまって自分の足が先に土俵を割ってしまうこと。

日常何かを行う際に調子に乗り過ぎて目的をはずしたり、仕損じてしまうこと。

<ひとこと解説>

先走ってやってしまって裏目に出るような、フライング的なニュアンスで使われることもあります。

<例文>

お客さんの人数も確認しないで50人前のちゃんこを作ってしまうなんて、ちゃんこ長の勇み足ね。

いなす(イナス)

おすもう、相手の押しや張り手といった攻撃をかわして、体勢をくずさせること。

日常でも攻撃や追及を軽くあしらう意味で使われる。

<ひとこと解説>

いなすは「往なす」「去なす」とも書き、立ち去らせる、追っ払うという意味で使用したり、離縁するという意味も。和服の襟を首の後ろの方へ押し下げる(えりをぬく)ことも指し、ちょっと「いなせ」と音が似ているせいか江戸っ子の粋な感じがしないでも……ありません。

<例文>

イケメン力士はマスコミのいなし方も知っとかないとね。

押しの一手(オシノイッテ)

おすもう、腰を低くして、手を相手の体に押し当てながら前に出て行くことを「押し」といい、相撲の基本のきともいうべき動き。この押しの一点張りで攻撃をしかけていくこと。

日常では目的に向かって攻撃あるのみで強引に押し進むこと。

<ひとこと解説>

「手」とは勝負事での持ち駒や作戦のような意味で使われますね。将棋や囲碁でも石や駒をうつことを手と言ったりしますが、相撲と将棋ってけっこうボキャブラリーが似ていたりもします。

<例文>

さすが横綱とあって、押しの一手で金星を射止めた。

おすもうの俗語で金星=美人のこと。俗語は「おすもうことば」第3回目で特集予定です。お楽しみに!

押しが利く(オシガキク)

おすもう、腰を低くして、手を相手の体に押し当てながら前に出て行くことを「押し」といい、この押しが有効であること。

日常では人をおさえて制する力があること。威圧感がある。抑えが利くという意味。

<ひとこと解説>

「押しの一手」と同じく「押す」というおすもうの基本動作から派生したことばです。

<例文>

お米まとめて買うからと値切り交渉成立! うちのちゃんこ番はなかなか押しが利く

押しが強い(オシガツヨイ)

おすもうで、腰を低くして、手を相手の体に押し当てながら前に出て行くことを「押し」といい、この押しが強いこと。

日常ではとことん自分の意見や希望をとおそうとすること、また転じてずうずうしい、厚かましいという意味も。

<ひとこと解説>

「押しの一手」と同じく「押す」というおすもうの基本動作から派生したことば。「押しが利く」は押しが強いけどもそれが有効であるニュアンス、強いは単に圧力のある人といったイメージ。

<例文>

ふだん押しが強いからといって横綱のサインが簡単にもらえるわけではない。

かたすかし(カタスカシ)

おすもうの決まり手のひとつで、四つに組んだ状態から体を開いて相手の肩をはたいて倒す技。

日常では意気込んでくる相手をかわすこと。

<ひとこと解説>

決まり手の中では「捻り手」のカテゴリーに分けられます。あとに続く動詞は「受ける」や「する」ではなく、「くらう」「くらわせる」を使うので、意表をつかれたようなニュアンスが加わりますね。

<例文>

今場所の活躍っぷりでは敢闘賞はかたい! と思っていたが受賞できず、肩すかしをくらった。

がっぷり四つ(ガップリヨツ)

おすもうで四つとは両者まわしを取って組み合うこと。がっぷりとはしっかりという意味合い。

日常では深く向き合う、取り組むさまをいう。

<ひとこと解説>

おすもうのしっかりと組み合うさまから転じて、例えば研究に夢中になるなど、対象となる物事に深く向き合うというときに使います。

<例文>

ちゃんこ長は毎日の献立作りとがっぷり四つ組んでいる。

ぶちかます(ブチカマス)

おすもうで立ち合いのときに相手に勢いよく体当たりをすること。

日常では強い力や言葉で相手に衝撃を与えることをいう。

<ひとこと解説>

「ぶちかます」の「ぶち」は「打つ」、「かます」は「嚙ます」。いずれも強い衝撃を表す言葉です。

<例文>

親方が大きなおならをぶちかました

懐が深い(フトコロガフカイ)

おすもうで四つに組むとき、両腕と胸で作る空間を「懐」といい、この空間が大きいと「懐が深い」という。

日常では度量が広い、能力や人間性に幅があるという意味に。

<ひとこと解説>

懐とよばれる空間が大きいほどまわしが取りにくい、つまり勝負しづらい。そこから「懐の深い人」は勝負にならないような相手という意味で使われることもあります。

<例文>

何度脱走しても暖かく迎えてくれるおかみさんは、懐が深い(涙)。

胸を借りる(ムネヲカリル)

おすもうの稽古で下位の力士が上の力士に相手をしてもらうこと。

日常でも同様に実力や立場が下の者が上のものに相手になってもらうこと。

<ひとこと解説>

おすもうの基本的な稽古に「ぶつかり稽古」があります。上位のものが胸を出して(下記参照)、下位のものが胸に頭をつけて土俵の端から端まで押すというもの。まさに胸を借りているのです。

<例文>

歌の上手な兄弟子とカラオケに行った。先輩の胸を借りてゆずをハモった。

胸を出す(ムネヲダス)

おすもうの稽古で上位の力士が下位の力士の相手になること。

日常でも同様に地位や立場が上のものが下のものの相手になること。

<ひとこと解説>

おすもうの基本的な稽古に「ぶつかり稽古」があります。上位のものが胸を出し(もしくは胸を貸し)、下位のものがその胸に頭をつけて土俵の端から端まで押すというもの。受ける側も防御の稽古や足腰の鍛錬になります。

<例文>

大学の後輩力士と焼肉バイキングでえびすこ対決!先輩として胸を出してやったぜ

*相撲界の俗語で大食いの意味。俗語は「おすもうことば」第3回目で特集予定です。お楽しみに!

[人から派生したことば]

谷町(タニマチ)

おすもう好きで知られた大阪・谷町の外科医が語源。明治時代の実在の人物で、相撲が好きでケガをした力士に無料で治療を施し、力士に「タニマチ」とよばれて慕われた。

現在では経済的な援助をするパトロン的な意味合いが強い。

<ひとこと解説>

タニマチとよばれた外科医は、もともと金持ちからはお金をとり、貧乏な人からは一切お金をとらずに治療をしたとか。経済的な援助は特別していなかったようです。相撲が好き過ぎてマイ土俵を作ってしまうほどで、これも力士に無料で開放していたんだそうです。

<例文>

昨日はタニマチにすし屋につれて行ってもらいました。ごっつぁんです!

土左衛門(ドザエモン)

おすもうさんで、江戸時代の享保年間に「成瀬川土左衛門(なるせがわどざえもん)」という人がいた。色白で非常に太った力士だったといわれる。

日常では水死体のこと。

<ひとこと解説>

溺死体の青白くてふくれあがった様子が、色白で太っていた成瀬川土左衛門にそっくりだということから、水死体を「土左衛門」とよぶようになったとか。ちなみに土左衛門さんは、浮世絵も残っていて、山東京伝の『近世奇跡考』によると深川の富岡八幡宮の勧進相撲で東方前頭筆頭に位置したことがあるようです。

<例文>

新弟子のころ、厳しい稽古の後は土左衛門のようだった。

 

監修:神永曉(かみなが・さとる)

元小学館辞典編集部編集長。『日本国語大辞典』の編集をはじめ、辞書編集一筋38年。小学館在職中にNPO法人「こども・ことば研究所」を共同設立、「辞書引き学習」の普及活動を行っている。インターネット辞書・辞典検索サイト「ジャパンナレッジ」の人気コラム「日本語、どうでしょう」の連載のほか、2015年に発表した著書『悩ましい国語辞典―辞書編集者だけが知っていることばの深層―』(時事通信社)が話題となり、2017年には続編の『さらに悩ましい国語辞典』を発売するなど、ことばの分野で活躍中。

 (左)『悩ましい国語辞典―辞書編集者だけが知っていることばの深層―』

 (右)『さらに悩ましい国語辞典』

    (いずれも時事通信社)

 

参考文献:『日本国語大辞典第2版』(小学館)、『相撲大事典』(現代書館)

illustration/tentent

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