増位山太志郎さんが振り返る、2017年の大相撲その2

元三保ヶ関親方、増位山さんに伺う2017年大相撲総括!
第2回は五月場所について伺いました。
3連覇をかけてのぞんだ稀勢の里関が、初日からいきなりの黒星。その後も遠藤関に敗れるなど、序盤から波乱が起こりました。
しかし、土俵でのことよりも、親子大関だったご自身の体験談に話がおよびます。

五月場所
主な出来事:白鵬優勝。稀勢の里、途中休場。場所後に高安が大関昇進。

経験者しかわからない、伝達式で使者を迎える気持ち

――五月場所では、場所後に高安関が大関に昇進しました。大関に昇進するって、どういう気持ちなんですか?
その昔は大関が最高位だったから、相撲協会の看板だよね。それ目指して努力してるわけだから、小結・関脇にあがるのとは意味合いが違ってきますよね。
――伝達式がありますものね。伝達式の前ってどういう気持ちなんですか。
電話かかってきてね、これから使者が行きますって。でも、本当に使者が来るまで信用できないっていうか(笑)。口上述べないといけないしね。われわれの時代は、口上もそんなにたいしたことは言わないから。「大関の名に恥じぬよう頑張ります」ぐらいだからね。それをちゃんと言えるかね。
――練習したり……?
練習はしなけれど。頭の中で繰り返したりはするけれど。私の場合は、父親も大関で、親子大関だったからね。昇進後の場所は、親父のほうが緊張していたみたい。気を遣って私の顔を見ないようにしていたけど、その緊張が私に伝わるじゃない(笑)。でも、親父もお袋も、自分の息子が相撲とるのを、よく見ていられたなって思いますね。自分がその立場だったら、たぶん見ていられないんじゃないかな。
――お父様、入門に反対だったんですよね。
そうそう。私は学生時代、水泳をやっていてね。練習から帰ってくると、若い衆と一緒にちゃんこを食べて、すぐ寝ちゃってたの。だから、あんなんじゃ新弟子入っても修行が務まらないと思っていたみたいです。自分も苦しい修行をやってきたから、息子には無理だろうって。強くなる、ならないじゃなくて、修行が務まらないって思ったんじゃないかな。
――でも反対を押しきって…
最終的に「入れてくれないなら春日野部屋に行く」って言ったら、こりゃしょうがねえやって。自分もよそ様の大事なお子さんを預かって部屋の師匠をやってるのに、自分の子どもを育てられないんじゃ、弟子の親御さんに顔向けできないって思ったんじゃないかな。それが決め手になったみたいです。

門前の小僧、習わぬ相撲をとる!?

――お父様の相撲を見て、力士になりたいって思ったのですか?
門前の小僧、でね。やっぱりわれわれの小さいころは、栃若時代で相撲人気がすごい時代。小学校で相撲をとったりしてたんです。私が通っていた両国小学校は、進駐軍が作ったプールが2つあったの。25mと20mだったかな。そのプールの上に、冬場は分厚い板を貼るのね。その上で相撲をとってたの。若乃花の呼び戻しとか、琴が濱の内掛けとか、栃錦の出し投げとかね。投げたりするのが好きだったから、そのうち誰も相手してくれなくなっちゃった(笑)

幼い頃の思い出に熱くなる増位山さん。

ケガを防ぐためにも稽古は大切

――増位山さん、決まり手豊富ですよね、最近のお相撲さんは、寄り切りと押し出しがとても多くて。
今は大型化しているからね。大きい人に、私たちがやっていたような技をやれっていってもできないですよね。
――昔のお相撲さんは、スラリとしてる人も多かったですよね。
今はみんなデカいよね。でも、体型にもブームというか、波があるから、もう少し小さくなる時代がくるかもしれませんよ。一番面白いのは、大きい力士と小さい力士が混在していることだよね。「小よく大を制す」っていうもんね。
でも、小兵力士はケガが多くてね。今の小さい人は、みんな無理な体制で技を仕掛けるから「こりゃケガが怖いな」と思ってたら、案の定ね…。
ケガの原因として、今の若い人はやっぱり稽古不足かなって思いますね。我々が若いときは、巡業で山稽古ができたんです。今は、山もないし、できない。土俵もメインがひとつで、サブも作ってるところがあるのか、ないのか…。でもひとつやふたつの土俵じゃ、200人以上参加している力士は、稽古できないですよね。土俵はなるべく作ってあげてほしいね。サブで外に2つぐらい。お金も大変だろうけどね。特に最近は人気があるから、巡業に出ている日にちが長いでしょ。そのぶん、稽古しないのがいっぱい出てきちゃうと、もったいないよね。
――ただ旅に出てるだけになっちゃいますね。
そうそう。まずは稽古ができる環境を整えることが課題じゃないかと思いますね。昔は巡業自体も野外でやっていたからね。幕を張って、その外は原っぱとかで、自由に相撲とってたから。円描きゃ土俵になっちゃうんだから。昔、山稽古を見ていたら、龍虎さんが「おいおいだめだよ、若い衆に稽古つけたら。俺たちの地位が危なくなるよ」って言っててね。この人面白いこと言うなぁって思いましたよ。裏返せば、みんな山稽古で強くなっていったってことなんだよね。稽古場を充実させるっていうのが、若手を育てるために大事なことだと思いますね。

増位山太志郎(ますいやま たいしろう)

昭和23年、大関・増位山の長男として生まれる。高校時代は水泳選手として活躍。卒業前の昭和42年に父親が師匠の三保ケ関部屋に入門、初土俵。昭和45年新入幕、昭和55年大関昇進。史上初の父子大関が誕生した。多彩な技を繰り出す華のある相撲で土俵も盛り上げた。昭和56年引退。年寄・小野川を経て昭和59年に三保ケ関部屋を継承した。一方、現役中の昭和47年『いろは恋歌』で歌手デビュー。昭和49年発売の『そんな夕子にほれました』が120万枚超、昭和52年発売の『そんな女のひとりごと』が140万枚超の大ヒットを連発。平成25年日本相撲協会を定年退職し、歌手活動に専念している。

 

 

Photo:Mariko Nakagawa

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