日本で唯一の手織り締め込み職人~おび弘・中川正信さん~

力士が締めるまわしには「締め込み」「化粧まわし」「稽古まわし」の3種類があります。十両以上の関取のみに許される「締め込み」は本場所と巡業や花相撲の取組で締められ、稽古のときには「稽古まわし」を締めます。「稽古まわし」については以前「おすもう人」のコーナーでご紹介しましたが、今回は全国で唯一手織りで締め込みを織る、京都の帯メーカーおび弘の中川正信さんを琵琶湖の西北にある山門工場(滋賀県長浜市)に訪ねました。

中川正信さん
滋賀県生まれ。今年で73歳を迎える今も現役で締め込みを織る職人。もともとは魚の卸しをしていたが、結婚後、妻の遠縁にあたるおび弘にて織物にたずさわるようになり、現在は締め込み専門の織手として伝統技術を伝える。

昭和24年から変わらぬ
手織りの締め込みを作り続ける

――おび弘という会社はもともと株式会社池口で始まってまして、先々代のころ、昭和24年から締め込みを作るようになりました。僕は5人兄弟の3番目で、4人姉妹の家に養子に来たんです。それが昭和44年。家内がおび弘さんの親せき関係で、先に織物を習いにいっとったんです。それで僕もするようになりまして、僕の先生は家内なんですわ。
最初は帯を織っとったんですが、締め込みを織るようになって24~25年になります。僕らはね、昭和24年から続いている仕事を続けていくという一端の仕事をしているだけでね、立派な仕事でもあらへん。引き継いでるって言うだけのことでね。
ただ、相撲は日本の国技やから、誇りがあるというかね。名誉ある仕事です。実は、相撲は見に行ったことはありません。行くと夢がつぶれるというか……。そやけど、行くのはあれやけど、会いに来てくれはったらありがたいなぁってね(笑)。

誰の締め込みなのかは
織っているときはわからない

――普通はその部屋に入ってる仲買人とか後援会から注文がくるので、それが誰の締め込みなのかはわかりません。テレビで見てて、色の感覚でうちのやてわかるんですが、金の筋が1本入ってるのも目印です。これは締め方によって、後ろに出たり前に出たり、どこに出てくるかそれぞれですけど、今一番わかりやすいのは髙安やね。彼のは真後ろに2本見えてる。御嶽海なんかは右の横っ腹に出てる。うちのはだいたい3.7㎝のを1本、最後に織り込んでます。
朝青龍は仲買を通さんと直接注文してくれはったと聞いてますが、彼の締め方ではなかなか金の筋が見えへんかった。あるとき優勝決定戦かなんかでまわしがずれて見えたことがありまして、やっぱりうちのやなってわかりました。

*メーカーによって金の筋が2本のものがあるが、おび弘の場合は1本。

織るのは場所と場所の合間
織れても4本が限度

――相撲は奇数月にありますけど、うちが織らんならんのは偶数月。その期間は25日くらいかな。見込みはできますけど、十両上がるって決定してから。だいたい偶数月の9日か10日くらいに注文が入ってきます。とくに初場所前は心機一転締め込みを変えたいという力士もいてはって、注文が殺到することもあります。今まで最高は4本織ったことがありますが、まぁ、普通やったら2本が限度やね。
1本の長さは普通の力士で20尺。7メートル50~60くらい。そやから7mか8mが基準やね。一番短かったんは宇良が締めてくれてるのんで14.5尺(約5m36)、長かったんは曙の38尺(約14m)。ほぼ倍やね。普通の長さでも1本仕上げるには織るだけで5~6日はかかります。その前に機屋(はたや)に糸をかけるだけでも4日ほどはかかりますから。

締め込みを近くで見ると繊細な織物であることがよくわかる。

締め込みは経糸(たていと)
主役の繻子織(しゅすおり)

――普通の帯は畳のように緯糸(よこいと)が主役。つづれ織いうて、この方が細かい柄が出せる。そやけど締め込みは経糸が主役。繻子織いうて、強度を出すにはこの織り方やね。使う糸やら織り方やら、締め込みをうちで織るようになって試行錯誤をして今になってます。糸の分厚さとか、肌触りとか、やわらかさとか。最初は生地が破れたり、長持ちしないとクレームもあったようです。そやけど、硬さばっかりやったらあかんから、なめらかさと強度がないとあかん。
昔は肌触りがごつごつした感じやった。これをどうしたかというと、例えば10の糸を1本使うところを、5の糸を2本よせて羽二重にする。今、経糸は1万5000本ですが羽二重なので実際には3万本。羽二重にすることでなめらかさを出してるんです。
緯糸はというと、5種類くらいをよって1本にしてます。基本になる糸のほか、硬い糸、強い糸、薄い糸、これらの糸をくるんでまとめる役割の真綿みたいな糸の5種類を19~20本合わせてます。
最近の力士は薄い生地で締め込みを作ってくれ言わはるのが多い。昔は糸がええやつとか、そういうので選ばはったけど、現代は見た目がかっこよく見えるような、薄くて体に食い込むような締め込みをつけたいんやろうね。

緯糸に使われる5種類の糸

使用した糸のサンプル。左のピンクは宇良の締め込みに使われたもの

手織りならではの感覚を
大切にしている

――もう手織りしてることろはうちしかないと聞いてます。機械は楽なんですけど、おにぎり握るのと一緒。ロボットが握ったんとお母さんが握ったんとどっちがおいしいか。その感覚ではないやろかと思います。
機械では織ってるときの振動とかは体に伝わらん。僕らは体で感じてなおかつ耳を大事にせえというてます。太鼓と一緒で、梅雨の時期とか夏の時期とか、糸ですので状態が違う。機械はいつも同じレベルに合わせてあるけど、夏に10やったら、梅雨やと12か13にするとかせんならん。耳に響く音の感覚で調整せんならんというのがわかるんです。耳はいろんなことに利用できます。機械が変な音してるとか、会話のときでも自分に関連した言葉を逃さないでいると情報を得ることができるとかね。

やっぱり手織りにはよさがあるようで、長いこと使てくれはる力士もいてはります。今、妙義龍がしてはるやつも十両上がってからずっと変えてはらへんもんで、色が変わってしもてる。魁皇も引退するまで使ってくれました。

工場の中でもひときわ大きな機屋が締め込みを織る機屋。ピンと張られた経糸は、ちょうど蛍光灯の下にある綜絖(そうこう)に通されている。足元のペダルを踏むと綜絖が上がり、経糸が上下に広がってすき間ができる。そこへ中川さんが右手で持っている緯糸を巻いた杼(ひ)を通し、左手で持っているかまちを手前に引くことで一段ずつ織っていく。

機屋に張られた経糸は1万5000本。羽二重のため、実際は3万本に。糸で吊られているのが綜絖。締め込みの幅は約76㎝で、これを胴回りは4つ折りにして締めている。

杼を使って緯糸を通しては、かまちを引いて緯糸をしっかりしめて織っていく。ペダルを正確に踏んで綜絖を上げ下げし、杼をまっすぐに滑らせ、重いかまちでしめることで、強くなめらかな生地が織り上がる。一瞬も気を抜けない。
今表に出ているのは裏面。少し織るごとにライトで照らして鏡で表面を確認する。

30分織るのが限度の重労働
でも機屋に座るとスイッチが入る

――このかまちが重たい。30~40kgはあります。そやけど、しめるためには重さが必要なんです。2回しめるんですが、1回目は通した糸を寄せて、2回目でしっかりしめる。
足の踏みようが少し悪いと目に段ができてしまう。これはもう失敗。締め込みも帯もそうなんですが、織ってるときに見えてるのは裏側。見えないから後から失敗に気づくこともあって……。ほどくのは織るのの2~3倍の時間がかかるから、鏡とライトを用意して、7㎝ほど織ったら裏を鏡に映して確認するようにしてるんです。足もしんどいけど、正確に踏むようにして。あと、やっぱり耳で聞きながら織っていかなあかん。

僕ももう定年は早ようにすんで、今年で73です。20~30分やったら休憩せんと体がもたん。重労働で、そもそも2人が一組でやるような仕事。それを1人でやってるもんやから肩にも足にもきてしもてガタガタ。これはもうできんなぁと思うんやけど、ここへきたらできる。機屋へ座るとスイッチが入るというか、体が自然と動くんやね。

相撲人気のおかげで後継者が出現
そろそろ若い世代にバトンタッチ

――最近は相撲人気で取材も増えまして、テレビにも取材に来てもろたんです。それを見て大阪から来てくれた子がおりまして、今で3年目ですけど、技術のほうもだいぶ上達して、僕もちょっと楽になってきました。あと京都の本社からきてくれたここの工場長も2年ほど前から手伝ってくれてて、この二人にうまいことバトンタッチできるかなぁとね、思てます。

おび弘 山門工場
昭和40年に、織物製作に適した湿度を保つ山門湿原の森に作られた京都の老舗帯メーカー「おび弘」の工場。複雑な袋帯や名古屋帯をはじめ大相撲の締め込みなど伝統的な織物を手がける。一般の見学も可能。

HP:https://www.obihirokyoto.com/ 問合せ075-491-4311

photo:Mai NARITA

記事をシェアする

コメントは受け付けていません。