平成30年九州場所で引退した元・里山こと佐ノ山親方の引退襲名披露大相撲を応援すべく、3回にわたって同部屋の弟弟子で平成31年大阪場所で引退した元・天鎧鵬(てんかいほう)こと秀ノ山親方といっしょに現役時代を振り返る企画です。お二人は日本大学相撲部の先輩・後輩ということで、第一回は、お二人の出会いの場でもある日大相撲部時代から振り返っていただきました!
恩師も日大出身!憧れの日大相撲部
―まずはお二人の出会いから振り返っていただきたいと思います。出会いは日大相撲部でよろしいでしょうか?
秀ノ山親方(以下:秀):はい。佐ノ山親方が3つ先輩で、僕が1年生のとき先輩が4年生でした。
佐ノ山親方(以下:佐):そうです。
―今でも“先輩”って呼んでらっしゃるんですね。
秀:はい、つい先輩って出ちゃいますね(笑)。
―お互いの第一印象は?
秀:1年生って4年生と直接話すことがあんまりないんですよ。でも、ご飯に連れて行ってもらったりしてました。第一印象というよりはもう先輩って感じで。
―佐ノ山親方は?
佐:僕が大学3年の時に高知で国体があったんです。たまたま決勝までいきまして、相手が今の稲川親方で内田水(うちだいずみ)先輩だったんですが、秀ノ山親方(当時高校生)が内田先輩のタオル持ちやってたんですよ。
―同じ熊本の玉名出身ですもんね!
佐:はい。当時、秀ノ山親方は第2の内田水っていわれてて。で、日大に秀ノ山親方が入ってくるって聞いてまず一番に「敵だな!」って思いました(笑)。決勝で「内田先輩がんばれ!」って言ってたのが頭に残ってて(笑)。
―日大に行かれた理由は?
秀:高校のときに、先輩が出られてた学生選抜の全国大会に行った時、やっぱり日大っていうと、昔は特別なイメージがあって。黒いまわしでかっこいいし、日大に憧れてました。あと、高校の相撲部の先生が日大出身っていうのもあって、僕も行きたいと思いました。
佐:僕は、実は近大(近畿大学)と同志社大学から話があったんですが、監督である恩師に「自分は日大相撲部に行きたいです」と言って。先生も日大相撲部出身だったんで、自分からお願いしました。やっぱり憧れでしたね。
―学生時代、里山先輩の相撲ってどんな印象でしたか?
秀:体が小さいのにがんばられてるなぁと思ってました。ようやってんなぁ~って。
―笑
秀:自分は絶対できないような相撲ですね。まぁ、体格も違いますし。
―佐ノ山親方の出身地である奄美大島は“島相撲”が盛んですが、秀ノ山親方の出身地の熊本の相撲とは違うものですか?
秀:ぜんぜん違いますね。島の粘り腰というかね。佐ノ山親方はとくに小兵ならではの技だったり、すごいなと思います。
―佐ノ山親方が入門されたのは三保ヶ関部屋で、その後尾上親方が独立されて尾上部屋を興され、そこへ秀ノ山親方が入門されるわけですが、里山先輩からも何かお誘いはあったんでしょうか?
秀:大学4年のときに、4月に当時里山関は十両だったんですけど飯行こうよって誘っていただいて。その時は飯行って、飲みに行っただけで、別に部屋に入れよって話はなかったんです。ほかにも先輩が何人かおられましたけど、なんか里山先輩と飯食ってると、あ~なんか尾上部屋いいなと思ったんですよね。
―もともとどこの部屋に行きたいとかあったんですか?
秀:特に考えてなかったんですが、尾上部屋は親方はじめ日大の先輩がたくさんいらっしゃるんで、環境がいいんだろうなって思って尾上部屋を選びました。そのとき飯に誘ってもらってなかったら、今どの部屋にいるかわかりませんね。
佐:木瀬部屋じゃない?
秀:あー。木瀬部屋ですかね。木瀬親方は日大の先輩でもあり、中高の先輩*なんで。
*熊本県熊本市河内町立河内中学校、熊本工大高等学校(現在の文徳高校)
―そうなんですね。日大網すごいですよね。でも、けっこう成績を残した方でもプロに行かない方もいらっしゃると聞きますが。
秀:いますね。
佐:結構たくさんいると思います。なかなかね。昔はチャンピオンしか大相撲に行ってない印象です。最近ではいろんな卒業生が行ってますけど。
―でも、佐ノ山親方が影響してるんじゃないですか?その体でも大相撲でやっていけるっていう。
佐:あるかもしれないですね。
秀:はい、あるかもですね。
佐:お前が言うな!(笑)
―あの体で活躍してるってなると、ちょっと俺もがんばってみようかなって。
秀:これは自分の考えですけど、“あの体でもやっていけてる”と思いがちですけど、“あの体だからやれる相撲”ってのもあると思うんですよ。稽古なんかで、佐ノ山親方ととってて思います。やりづらいところはあるんですよ。だから、体がでかい僕が言うのはおかしいですけど、体関係ないなって思いますね。
佐:小兵は一発勝負は強いと思います。下から入って、
―下から潜る相撲ってことですか?
佐:いや、序ノ口から入って、相撲を覚えられないうちに一気に関取まで駆け上がるのがいいと思います。覚えられると、攻略されるんで。
―佐ノ山親方も早かったですよね。所要11場所で新十両でしたよね?
佐:はい。15日間相撲とるようになってからは小兵はきついですけど、幕下のほうで7番しかとれないと、覚えられちゃいますよね。初めて対戦する相手と一発勝負で勝ち上がっていかないと。それを考えると、今の小兵はみんな駆け上がってると思います。
-なるほど。炎鵬関とか石浦関とかね。
佐:そうですね。
日大相撲部は女子相撲部と恋愛禁止!!
―ちょっと話は日大時代に戻りますが、佐ノ山親方のおかみさんの美菜さんも日大相撲部のご出身ですよね。秀ノ山親方も同時期に在籍されてました?
秀:僕が1年生の時おかみさんが3年生でしたね。学部も一緒だったんです。
―へぇ~。学生の時からお付き合いされてたんですか?
佐:いやいや、卒業してからです。
―まさかご結婚されるとは!って感じですか?
秀:ぜんぜん思ってもみませんでした。
佐:自分でも思ってもみませんでした。
―じゃ、学生時代はまったくそんな雰囲気じゃなかったんですか?
秀:はい。そもそも恋愛禁止なんです。女子相撲部の方とは。
―相撲部じゃなかったらいいんですか?
秀:はい。
―練習で交流というのは?
秀:軽量級の選手が女子に胸を出すんです。だから里山先輩はよく胸を出されてましたよ。
―では、何がきっかけでお付き合いがスタートしたんですか?
佐:学生のころの交流といえば、教職課程をとってたんですが、パソコンでレポートを作るのがぜんぜんできなくて手伝ってもらったくらいですかね。っていうか、全部やってもらったんですが(笑)。で、卒業して、場所が始まる前に「先輩がんばってください」って言われるくらいだったんですが、そっからじゃないですかね。
―応援してもらうようになって?
佐:はい。
―おかみさん、女子相撲のチャンピオンでいらっしゃいますよね?
佐:世界では3位、アジアではチャンピオンですね。
―相撲の話は現役中よくされたんですか?
佐:それはよく聞かれるんですけど、ぜんぜんしなかったですね。逆に垣添さん(雷親方)*のところはすごいされるそうなんです。
*雷親方のおかみさんも日大女子相撲部出身、全日本選手権重量級で優勝経験あり。
-美菜さんはあまりおっしゃらない?
佐:言いたいけどこらえてたんじゃないですかね。
―でも一回だけ聞いたことがあるとか?
佐:はい……。でも、すごい勢いでダメ出しされたんで、もう聞くのやめようと。
-ちょっと聞いたら、いっぱい返ってきちゃったんですね。
佐:はい。だから、本当は言いたかったんでしょうね。自分なりの理論があるみたいで。子どもも相撲をやってるんですが、子どもにはけっこう言ってるみたいですね。
―お子さんも小兵タイプですか?
佐:いや、体は大きいです。これからが楽しみですね。
―引退相撲で息子さんとの取組とか?
佐:ちょっとそれは考えてます。
―それは楽しみ!!ぜひ観なければ!ですね。(里山引退 佐ノ山襲名 披露大相撲の詳細は記事の最後に!)
日大相撲部の阿佐ヶ谷~西荻グルメ事情
―日大相撲部は阿佐ヶ谷ですよね?
秀:そうです!
―中央線で相撲部っぽいなぁって人を見かけたら、確実に阿佐ヶ谷で降りていきます。阿佐ヶ谷はおいしいお店が多いですが、日大相撲部ご用達グルメはありますか?
佐:大学のときはよく出前とってたんですよ。
秀:でももう弁当屋ないですよね。今もあるのは、パールセンターのなかの「稲毛屋」って焼き鳥屋の、焼き鳥弁当とかよく買ってました。
―西荻窪の「ホルモン三四郎」さんに佐ノ山親方の引退相撲のポスターが貼ってあるんですけど。
佐:日大の先輩の店です。
―すごい安くておいしいと聞きました。
佐:そうなんです。みなさんぜひ行ってください! あとなんだっけ?おいしいところ?中華あったよね?
秀:「中華三番」ですか?
佐:そうそう。あと、ラーメン屋で餃子がおいしいところ。
秀:「十八番」ですか?
佐:そう。
―三番とか十八番とか、番号が多いんですね。でも、阿佐ヶ谷っていい町ですよね。
佐・秀(そろって):今すっごいですよね!!
秀:学生の時とぜんぜん違いますよね!
佐:ぜんぜん違う! 学生時代のときも住みやすい町でしたが、さらに変わってますね。
―最近行かれたんですか?
秀:3日前にいきました。日大相撲部に。
―ほー。ちなみに日大相撲部でのちゃんこはどうですか?
秀:マネージャーが作ってくれる食事は品数も量も充実しまくってて、常に冷蔵庫に肉だったり食材がいっぱい入ってて、それを勝手に食っていいんですよ。
佐:学生は寮に住んでるんで、規律もすごく厳しかったんですよ。夜はトレーニングしたりして。で、夜ちゃんこ場でご飯作って、みんなで食べて、寝起きを共にして。そんな感じなんで、一年生のときから体がもう作られますね。
相撲から酒から人付き合いまですべて日大で学んだ
―お二人とも日大は御茶ノ水のキャンパスですか?
秀:僕は桜上水です。
佐:僕は祖師ヶ谷大蔵。
-学部は?
秀:文理学部です。
佐:商学部です。
-教職を取っておられたとさっき話に出ましたが……。
佐:僕は商業で、秀ノ山親方は社会ですね。
秀:はい。現代社会です。商業って簿記の資格とかもってないとできないじゃないですか。すごいですよね。現代社会って、基本、教科書に書いてあることの説明だから、めちゃくちゃ簡単なんですよ。
―いやいや。
秀:教育実習してわかったんですが、現代社会って教科書の内容の導入で生徒がくいつくような導入さえやればOKみたいな。
佐:でも内容を把握しないといけないよ。
秀:ま、ある程度っすね。だって、社会の教科書って大事なところ太字になってるじゃないですか(笑)!
佐:でも説明せんといかんから……。
秀:もうね、最初に質問すんなって言うんですよ!(笑)
―(笑)でも、教職取られる方多いんですか?
佐:半分いるかいないかですね。
―取ってたってことは教職も考えてらしたんですか?
佐・秀:考えてましたね。
-へぇ~。教育実習も行かれたんですよね。
佐:行きました。担当の先生がすごい酒飲みで、夜にちょっと練習しよっかって言いながら一緒に飲んでて。そしたら先生に「お前酒飲んだ方がいいぞ」って言われたりしました(笑)。
―もともとお酒好きだったんですか?
佐:いや、もともとは得意じゃなかったんですよ。酒は嫌いだったんです。でもね、大学で飲むじゃないですか。日大って酒の席でもいろいろと決まりがあるんです。先輩の酒が半分になったら酒を作るとか。なんていうんですか? しきたりじゃないですけど、そういうのが厳しかったんです。
―日大は酒の作り方も教えてくれるんですね!(笑)
秀:めっちゃ厳しいですよ(笑)。
佐:細かいです。社会勉強は全部日大ですよ。日大のおかげです。
―へぇ~。厳しいですね。
佐:先輩、そろそろご飯食べたいって思ってるだろうなっていうのを汲み取ってご飯をよそいだり。そういうのが相撲にもつながってるんです。
-先を読んでね。
佐:そうです。そういう気配りっていうか、どこに目配りするかが相撲につながるからって。
なるほど。ただ相撲の稽古をするだけでなく、ともに生活するなかで社会を学んでいくなんて、相撲部も相撲部屋も同じですね~。佐ノ山親方の恋バナもちょっぴりお届けできた、青春編ともいうべき第1回いかがでしたでしょうか。第2回では、後輩である元・天鎧鵬の秀ノ山親方に“里山あるある”を語っていただきました!お楽しみに~。
Photo:村尾香織
佐ノ山 浩作 さのやま・こうさく(元前頭12枚目・里山 さとやま)
昭和56年5月31日生まれ。ふたご座のA型。鹿児島県奄美市出身。鹿児島商業から日大相撲部に進み、三保ヶ関部屋に入門。平成18年に日大の先輩でもある元小結・濱ノ嶋の独立に伴い尾上部屋に移籍。初土俵は平成16年三月場所、所要10場所のスピード出世で平成18年初場所で新十両、翌年平成19年三月場所で十両優勝を果たし、五月場所で新入幕。5場所で幕下に陥落するも、平成23年九月場所で2度目の再十両。その後十両と幕下を行き来しつつ、平成26年初場所で再入幕。平成30年十一月場所で引退、年寄・佐ノ山を襲名。四股名の里山は本名。
秀ノ山 貴由輝 ひでのやま・たかゆき(元前頭8枚目・天鎧鵬 てんかいほう)
昭和59年10月14日生まれ。てんびん座のA型。熊本県玉名市出身。文徳高校から日大相撲部に進み、尾上部屋に入門。平成19年初場所初土俵。平成23年七月場所で新十両、所要3場所で新入幕を果たす(平成24年初場所)。平成31年三月場所で引退、年寄・秀ノ山を襲名。
里山引退・佐ノ山襲名 披露大相撲
【日時】2019年9月28日(土)開場11時、開始11時半、終了16時
【会場】両国国技館
【催し物】ふれ太鼓/相撲甚句/初っ切り/髪結い実演/十両土俵入り/十両取り組み/
里山断髪式/幕内土俵入り/横綱土俵入り/幕内取り組み
*催し物の内容は一部変更する場合があります。
【入場料金】1階席:マス席A¥46,000/マス席B¥42,000/マス席C¥36,000(いずれも最大4名)
2階席:イス席A¥8,000/イス席B¥4,000/イス席C¥2,000(いずれも1名)
【チケットのお求め・お問合せ】
里山断髪式実行委員会
http://satoyama.basho-sumo.jp
電話090-9975-0928(月~土9:30~18:00)