第2弾は、土俵上の進行に関することばを紹介します。今回もおすもう例文にご注目! 前回に引き続き、元辞書編集者で『悩ましい国語辞典』の著者でもある神永曉先生の監修でお届けいたします。
[土俵の進行に関する言い回しから生まれたことば]
痛み分け(イタミワケ)
おすもうで、取組中に一方が負傷したことで勝負を引き分けとすること。
日常で、ケンカや議論の際、決着がつかず、双方とも痛手を負うこと。
<ひとこと解説>
喧嘩両成敗という考え方にも通じますが、「痛みを分ける」というのが日本的な考え方ですよね。
<例文>
今晩のちゃんこの味で、ちゃんこ番同士がカレー味かみそ味かでもめにもめ、業を煮やした親方が「もう痛み分けで今日のちゃんこは塩味だ!」と一喝した。
大一番(オオイチバン)
おすもうで、優勝がかかった取組など、大事な取組を言う。
日常で、おすもう以外のスポーツでも優勝や王座決定を左右する試合を指す。
<ひとこと解説>
相撲で「番」とは、取組の単位です。力士の地位を現す「番付」の番も同じ。番付も「長者番付」など、相撲以外で使われますね。
<例文>
彼女に結婚の条件は横綱といわれた。今日の千秋楽は、嫁取りもかかった大一番だ。
がちんこ(ガチンコ)
おすもうで真剣勝負のこと。
日常でも同様に真剣勝負という意味で使われる。
<ひとこと解説>
八百長(詳しくは下記参照)に対してがちんこ。がちんこ勝負などと言ったりします。最近では若者言葉で略して「ガチ」と言ったりしますね。真剣という意味から転じて「マジで」という意味でも使われているようです。
<例文>
こだわりのちゃんこ長にとって、毎日の食材選びはがちんこだ。
金星(キンボシ)
おすもうで平幕の力士が横綱を倒したときの勝星のこと。
日常では、おすもう以外のスポーツでも優勝候補のような強い相手を倒すことをいう。また、大きな手柄、殊勲という意味も。
<ひとこと解説>
ちなみにおすもうの俗語で金星とは美人を指します。
<例文>
新弟子が電車で痴漢を撃退! さっそく金星を上げたと話題に。
軍配が上がる(グンバイガアガル)
おすもうで勝負がついたときに、行司が勝った方に軍配団扇を上げること。
日常ではスポーツや商売などの競いごとで勝ったり優勢になること。
<ひとこと解説>
軍配はもともと戦国武将が戦いの指揮をとるときに使った道具。江戸時代に相撲の行司が使うようになったといわれています。ちなみに「軍配」には商いの駆け引きという意味もあります。
<例文>
しこ名入りのタオルとTシャツ、売り上げはタオルに軍配が上がった。
仕切り直し(シキリナオシ)
おすもうで立ち合いで呼吸が合わず、仕切りをやり直すこと。
日常では転じて計画などを最初からやり直すこと。
<ひとこと解説>
仕切りとは、仕切り線の位置でしっかりと両手をついて腰を割って(足を開いて腰を落とす)呼吸を合わせていく動作です。仕切り直すとは、単にやり直すというよりは、いったんバラしてからというニュアンスが加わります。
<例文>
関取がテーマパークに連れて行ってくれる予定だったが、台風で仕切り直しとなった。
序ノ口(ジョノクチ)
おすもうの番付で一番下の階級。
日常では、物ごとの始まり、くちあけ、発端という意味で使われる。
<ひとこと解説>
まだまだ始まったばかり、序盤であるという意味のとおり、おすもうさんもそのキャリアが始まったばかりの人を指します。ただし、おすもうさんは勝たなければ、どんなに時を経ようが序ノ口……厳しい勝負の世界ですね。
<例文>
ちゃんこ長に比べると新弟子の料理はまだまだ序の口だな。
白星(しろぼし)
おすもうで勝ちのしるし。星取表の白い丸のこと。
日常で、おすもう以外のスポーツでも試合に勝つこと。また単に丸くて白いしるし。
<ひとこと解説>
星というと、5つの頂点をもつ「☆」をイメージしますが、実際に星取表に書かれる星は「○」です。その昔、「☆」の形は日本にはなく「○」を星とよんでいたことから、丸なのに白星というようです。白星の反対、負けたときは「黒星」、つまり●です。
<例文>
部屋のゲーム大会で兄弟子から白星をあげた。
土が付く(ツチガツク)
おすもうで負けること。
日常でも勝負に負けること。
<ひとこと解説>
おすもうのルールは、体の一部が土俵の外に出るか、土俵内で足の裏以外の体の部分が地につくと負け。地につくと土が付くことから、負けることをこう表現しました。
<例文>
弟弟子たちと贔屓の野球チームの試合を見に来たが、残念ながら土がついた。
土俵際(ドヒョウギワ)
おすもうで土俵上の範囲を示す土俵が並べられているところ。またはそのすぐそば。
日常で、物事が決着しようとする間際。土壇場のこと。
<ひとこと解説>
まさに勝負がつくかつかないかのギリギリのところ。力士は俵に足をかけて土俵から出ないようふんばります。まさに土俵際はふんばりどころなのです。
<例文>
入門して25年。髪が薄くなってきたので大銀杏を結えるかどうか、土俵際だ。
待ったなし(マッタナシ)
おすもうで、仕切りの制限時間がいっぱいになり、これ以上待ったができないこと。
日常で少しの猶予もできないこと。
<ひとこと解説>
すもうのほか、囲碁や将棋の対局でも「待ったなし」は使われます。制限時間があるものに対して使われるようですね。おすもうでは逆「待った」というのもあり、立ち合いで仕切りが不十分であったとき、呼吸が合わなかったとき、まわしがほどけそうなときなどに「行司待った」をかけて取組を止めます。
<例文>
次の新弟子検査が年齢制限ギリギリだ。待ったなしの状況だ。
水が入る(ミズガハイル)
おすもうで取組が長引いたとき、いったん取組を止めること。
日常でも同様に一旦小休止を入れること。
<ひとこと解説>
取組が長引くと、行司が審判長の許しを得て「待った」をかけて取組をとめることがあります。力士は一旦土俵脇に下がって、再度力水をとって休息をすることから「水が入る」。コーヒーブレイク的な意味合いがあります。
<例文>
ちゃんこのメニューがなかなか決まらず、一旦水が入った。
物言い(モノイイ)
おすもうで行司の判定に土俵下の審判委員や控え力士が異議を申し出ること。
日常では意義を唱える、反論する、口論するといった意味に。
<ひとこと解説>
おすもうで、行司の判定が微妙なときは「物言いが付く」といいます。意義を申し立てるという表現では「ひとこと物申す」なんて表現もありますね。
<例文>
中学を卒業したら大相撲に入門しようと思っていたが母親から物言いがついた。
人のふんどしで相撲をとる(ヒトノフンドシデスモウヲトル)
おすもうでは現実としてこのような行為はありえない。
日常で人の物を利用して自分の役に立てることの例えで使われる。
<ひとこと解説>
人のふんどしはできればつけたくないものですが、同様な表現に「人の太刀で功名する」「人の提灯で灯りを取る」といったものがあります。ちなみに、力士がつけているのはふんどしではなく、まわしです。
<例文>
相手が得意なけたぐりを仕掛けたら親方に「人のふんどしで相撲をとるな!自分の相撲道を貫け!」と叱られた。
一人相撲(ヒトリズモウ)
おすもうであたかも相手があってすもうをとっているような所作をすることで、愛媛県今治市大三島町の大山祇神社などの神事としてや、猿楽・大道芸としても行われていた。
日常では相手がなかったりあっても問題にされていなかったりするのに、1人で夢中になってそのことに取り組むこと。また、その結果何も得ることなく終わること。
<ひとこと解説>
一人よがり的な意味合いでしょうか。神事としての一人相撲(一人角力)は今風にいうとエア相撲……? この相撲人気のご時世、そんな大会があってもよさそうですね。
<例文>
元力士に誘われて行った合コンで、はす向かいの彼女の視線にドキドキ。しかし完全な一人相撲に終わった。
八百長(ヤオチョウ)
おすもうで前もって勝負の行方を打合せ、表面上真剣に勝負しているかのように見せかけること。
日常でも前もって示し合せ、さりげなくよそおうこと。なれあい。
<ひとこと解説>
八百長とは、八百屋の長兵衛、通称八百長という明治時代の実在の人物。とある相撲の親方とよく碁をうっていましたが、勝てる腕前なのに、巧みにあしらっていつも一勝一敗となるよう手加減していたそうです。そこから八百長という言葉がうまれたとか。
<例文>
弟弟子の碁の腕前はプロ級だ。勝負で八百長はだめだけど、一度は八百長でも勝ってみたいもんだ。
監修:神永曉(かみなが・さとる)
元小学館辞典編集部編集長。『日本国語大辞典』の編集をはじめ、辞書編集一筋38年。小学館在職中にNPO法人「こども・ことば研究所」を共同設立、「辞書引き学習」の普及活動を行っている。インターネット辞書・辞典検索サイト「ジャパンナレッジ」の人気コラム「日本語、どうでしょう?」の連載のほか、2015年に発表した著書『悩ましい国語辞典―辞書編集者だけが知っていることばの深層―』(時事通信社)が話題となり、2017年には続編の『さらに悩ましい国語辞典』を発売するなど、ことばの分野で活躍中。
(左)『悩ましい国語辞典―辞書編集者だけが知っていることばの深層―』
(右)『さらに悩ましい国語辞典』
(いずれも時事通信社)
参考文献:『日本国語大辞典第2版』(小学館)、『相撲大事典』(現代書館)
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