春のおすもう文化講座~相撲字を書こう~1時間目

三月場所の番付も発表になったばかりですが、この番付をはじめ、取組の顔触れや巡業での案内表示などはすべて「相撲字」という独特の文字で書かれています。そして、この文字を書いているのが行司さん。今回は春のおすもう文化講座ということで、この「相撲字」を特集します!  教えていただくのは、約30年に渡って番付書きに携わり、相撲字の名手として語り継がれる30代木村庄之助(2代目木村容堂)こと、鵜池保介さん。貴重な動画付きでお届けします。

全4回の相撲字講座、1時間目は「相撲字の基礎知識」。相撲字の書き手の歴史、道具のこと、そして行司さんの相撲字修行のお話です。

三十代木村庄之助こと
鵜池保介さん
(ういけ・やすすけ)

昭和13年生まれ、佐賀県出身。
昭和33年3月、17歳で22代木村庄之助に弟子入り。木村保之介(やすのすけ)として初土俵、昭和41年に十両格昇進を機に3代目木村林之介(りんのすけ)を襲名、昭和50年に幕内格に昇進し、平成2年に2代目木村容堂を襲名。平成7年には三役格となり、平成13年一月場所で立行司に昇格し31代式守伊之助を襲名。同年十一月場所より30代木村庄之助を襲名し、平成15年一月場所で定年退職。現役中は出羽海部屋に所属。

 

*特集内の相撲字はすべて、今回鵜池さんに書きおろしていただいたものです。ちなみに、好きな字を書いてくださいとリクエストしたところ、書いてくださったのが、この「容堂」。

根岸家から行司に引き継がれた相撲字

―相撲字の書き手についてまず教えてください。
相撲字は根岸流ともいいますが、江戸時代からずっと世襲制で番付を書いてきた根岸家にちなんでそうよばれていて、「根岸」というのは年寄名跡のひとつでした。昭和27年に相撲協会に年寄名跡が返還されて、もう根岸家では番付を書かなくなり、行司が書くようになったんです。

―行司さんが書くようになって、鵜池さんは5代目の書き手にあたるんですよね?
そうです。初代から順に現在までをあげると、

初代 :5代式守鬼一郎(後の24代木村庄之助)
二代目:5代式守勘太夫
三代目:10代式守与太夫
四代目:6代木村庄二郎(後の26代式守伊之助)
五代目:2代木村容堂(後の30代木村庄之助)
六代目:10代式守勘太夫(後の36代木村庄之助)
七代目:3代木村容堂(木村恵之介時代から現在に至る)

この7人ですね。

―鵜池さんが番付書きを務められたのはどれくらいなんですか?
昭和45年に、与太夫さんが書き手をされていたときに助手として入って、15年ほど助手を務めました。昭和58年に与太夫さんが亡くなられたのですが、私は当時まだ十両格で、幕内格に上がらないと書き手にはなれないということで、約2年、兄弟子の庄二郎さんが書き手をされて、昭和60年の一月場所で初めて書き手として番付を書きました。

―容堂という名前は、番付を書く人が継ぐ名前なのでしょうか?
いやいや。そんなことはないです。

―出羽海部屋の行司さんが継ぐものだったんですか?
そんな歴史のある名前じゃないですよ。ただ、私はこの名前が好きでね。当時の恵之介に継いでくれないかって聞いたら、彼もこれは出羽海部屋の名前じゃないですか?って言ってましたよ。でも、初代容堂さんは四国の人だったから土佐の殿様の山内容堂からとっただけだと思うので、別に出羽海の名跡というほどでもないんだよってことで、快く継いでもらいました。

―初めて番付を書かれたときは緊張されました?
もちろんですよ。ちょうど、今の国技館が開館した場所でしたからとても印象に残っています。番付が書き上がると理事長に見せに行くんですよ。当時の春日野理事長(第44代横綱・栃錦)に、「字に丸みが出てきて素晴らしいぞ」って初めてほめてもらって、うれしかったですね~。

―それまでほめてもらったことはなかった?
ほめられるどころか……。というのも、栃錦関は同じ出羽海一門で、昔は地方場所の宿舎は一門で同じところを借りていたんです。1つの宿舎に全員入ることもあれば、近所の寺をいくつか借りるケースもあったんですが、稽古場は1つでした。行司は午前中に社務所やなんかで相撲字の稽古をするわけです。すると、当時の栃錦さんたち力士がそこを通って土俵に行くんですが、「なんだその字は! もっとしっかりきれいに書けよ」なんて、必ずぼろくそに言って行くんですね。そのことを思い出して、やっとほめられたーって思いましたね。

―昔は地方場所でも一門で相撲字の稽古をしていたんですね。
ええ、巡業中もね、今みたいに屋内じゃないですから、雨で順延というのもよくあったんです。そうすると、午前中は相撲字の稽古に励みました。そしたら、兄弟子が午後から映画に連れて行ってくれましてね。

―ごほうびですね。
そう。で、私も映画行きたいもんだから一生懸命になっちゃった(笑)。

 

相撲字とは力士の体を想像して書くものなり

―そもそも相撲字の定義というのはあるのでしょうか?
よく、すき間なくお客さんが入るように太く白場をなくして書く、なんて言われますけど、私が兄弟子から言われたのは、「アンコ型の力士の体を想像しながら太く書け」ということでした。楷書を太く書くのが相撲字と聞いています。太く書くと当然すき間はなくなりますからね。

―どんなに画数が多い字でも、くっつかないのがすごいなぁと思います。
最初はくっついて真っ黒になってましたよ。兄弟子にも「くっついていいんだ。だんだん、くっつかなくなるから」って言われて。微妙な筆の加減がわかってくるんですよ。くっついていたのをくっつかないように書くのは、割と簡単なんです。でも、すき間が空いていたのをあかないように調節するほうが難しい。

―相撲字の鍛錬では、くっつくことを恐れてはいけないってことですね。
その通り。

―今では、若い行司さんは、巡業のない2月と6月に相撲字教習*で相撲字を習得されているようですね。どのように相撲字を習得していくのでしょうか?
まず、基本となる5文字を徹底的に練習します。最初は「山」と「川」。それが書けるようになったら「花」と「海」、そして「錦」です。この5文字が書ければどんな字でも相撲字で書けます。

*相撲字教習
入門1年目の課題は「山」「川」。この2文字を約10日間、毎日ひたすら書き続け、最終日に課題を提出。合格すれば次の教習では「花」「海」「錦」に進み、その次は番付の「蒙御免」、力士しこ名などさまざまな相撲字の課題が課せられる。一人前になるには個人差はあれど10年近くを要する。

 

相撲字を書くにはコシのある筆が必要

―相撲字を書くにはどんな筆がおすすめですか?
相撲字にはコシが必要です。全部おろしてしまわず、少し残して使います。全部おりてしまったら、糸でしばって、使うこともありますよ。毛はいろんな種類のものがありますが、イタチ毛がコシがあっておすすめです。

―筆のおろし方は?
手でほぐすといいんですが、私なんかは歯でちょっと嚙んでね、後は手でほぐしちゃいます。これが、簡単でいい感じにできるんですよ。

 

[筆のおろし方を動画でチェック!]

―筆の持ち方は通常の書道と同じですか?
いやいや、なんでもいいですよ。持ちやすい感じで大丈夫。

―行司さんが筆を買われるお店は決まっているのでしょうか?
ほとんどの行司は浅草橋の「光雲堂」(詳細は下記参照)というお店で買っています。ほかのお店で買うより安いんですよ。私のこの筆も15年前に3000円で買って、いまだに使っています。使いやすくて長持ちです。

―紙はどんなものがよいですか?
顔触れや巻は「西の内」というしっかりとした和紙を使っていて、番付は大きなケント紙に書いていますが、練習はコピー用紙で大丈夫です。

―コピー用紙などでも墨がにじんだり、はじいたりはしないんですか?
大丈夫ですよ。でも、初心者の練習には新聞がおすすめです。私たちの時代は新聞紙で稽古してましたよ。新聞は段組みになっているから、それが目安になって書きやすいんですよ。今の若い行司は古い取組表(本場所観戦時に配られるもの)でやってるようです。

では、さっそく「山」「川」から稽古を始めてみましょう。「春のおすもう文化講座・相撲字を書こう! 2時間目」につづく……。

光雲堂

江戸から8代続く書道用品の老舗

両国のお隣、浅草橋の駅からすぐのところにある、筆・墨・硯・紙などの書道用品を扱う光雲堂は、蔵前に国技館があったころから相撲とゆかりの深いお店です。江戸時代から続く老舗で、今の大谷さんご夫妻で8代目になるのだそう。

 

書道用のものから日本画用のものなども揃う

顔触れを書く用の太筆は16,000円

鵜池さんご愛用の「照雲」は3,500円

馬毛の「入門」は1,400円とリーズナブル

上からイタチ毛の大2,500円と小1,500円、中サイズにあたる「芝香」は1,800円

お店の1階には、壁一面にさまざまな筆がズラリと並んでいます。筆には、大きさや太さの違いのほか、毛の材質でも違いがあるそうです。
「イタチ、ミンク、馬の毛のほか、中国の山羊の首元の毛だけを使った山羊毛(さんようもう)、首元以外の毛を使った羊毛などがあります。馬毛は比較的リーズナブルで、山羊毛は稀少価値が高いので高価になります。用途としては、イタチやミンクの毛は小筆によく使われますね」(大谷さん)

数ある筆のなかで、鵜池さんご愛用のものは、イタチ毛の「照雲」。強くて毛先がぴっと効くので相撲字に向いています。このほかに、行司さんはいろんなサイズの筆を書くものによって使い分けていて、顔触れ用のかなり太い筆、あとは大中小の筆を揃える人が多いのだそう。
「余談ですけど、行司さんって店に入って来られるとなんとなくわかるんです。若いころから相撲界に入られる人が多いせいか、年齢のわりに落ち着いて堂々とされているというか。しゃべり方もちょっと違います。独特な佇まいが漂っているんですよ」(大谷さん)

こちらで扱っている筆は、国内の職人による手作り。書道の先生とのコラボで使い勝手を考えて作られているので、書きやすはまさにお墨付き。さらに店のオリジナルとあって価格も安く設定されているのがうれしいです。

右上の大鵬から若乃花(3代目)までズラリと並ぶ横綱の手形。畳一畳分はある大きさ

地下フロアでは、紙や額などを扱っています。力士や親方が、手形を押す色紙や紙、それらを入れる額を買いにくることもしばしば。

「蔵前に国技館があったころは、浅草橋で電車を降りて歩いて行かれたので、その途中に立ち寄られることも多かったんです。当時から行司さんはもちろん、先代の増位山さんや大鵬さんといった力士・親方衆もよく見えましたよ。筆や紙のほかに、額や、横綱の綱を入れて飾るケース、横綱の印もうちで作っていますので、相撲とのお付き合いは本当に深いんです」(大谷さん)

最近では、横綱・稀勢の里関が綱を地元の牛久市に贈るためのケースを作りに来店されたとか。

ここで紙や額を購入した縁で手形をプレゼントされることもあるそうで、若貴全盛期に当時健在だった歴代横綱の手形を集めたお宝も。

大谷夫妻とスタッフの堀田さん(右)。壁には白鵬関の手形と34代木村庄之助さんの書、稀勢の里関の手形が。ココに押してある横綱の印は光雲堂で作ったもの

光雲堂
東京都台東区浅草橋1-30-11
☎03-3861-4943
http://www.ko-undo.com
10:00~18:00 日・祝休み

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