2019年6月9日に、『知れば知るほど 行司・呼出し・床山』の出版を記念して回向院で開催されたトークショーの模様を、3回にわたってご紹介します。第2回目は呼出しさんと床山さんのお仕事について。利樹之丞さん、床作さん、式守錦太夫さん(写真左から)、そして司会の佐々木一郎さん(日刊スポーツ)による楽しいトークを、ところどころ「おすもうさん」編集部による副音声補足付きでどうぞ!
呼出しは腹から大きな声を出すことに始まる
その①の最後にご紹介した行司・式守錦太夫さんの相撲字実演中に着替えていただいた利樹之丞さんが裁着袴姿で登場!(隣は相撲字撤収中の錦太夫さん)
佐々木:呼出しさんへの質問もたくさんいただいてまして、まず、のどのケアはどうされていますか?
利樹之丞:普段は大きな声を出さないので、のどは閉じているんです。場所が近づいてくるとのどを開くために、国技館なら相撲教習所の稽古場に行って大きな声を出します。大阪場所だと地下駐車場でやったり、名古屋場所だと体育館の裏で山稽古(屋外で稽古すること)したり。ただ、調子がいいとなんにもケアしなくてもパッといけるんですが、調子が悪いといろんなことを考えて、あらゆる手段を試しますね。
佐々木:それはどの呼出しさんもやられてるんですか?
利樹之丞:やる人もいるし、土俵に上がるまでまったくやらない人もいます。
佐々木:ほぉ、食事なんかも気を付けていらっしゃるんですか?
利樹之丞:あんまりないですね。
佐々木:のどあめとかは?
利樹之丞:自信がないときは、なめます。
佐々木:利樹之丞さんでも自信がないときがあるんですね!? もともと呼出し志望で入門されてますが、声には自信がある方でいらしたんですか?
利樹之丞:いやいや、それまでそんなに大きな声は出したことないですから。入門するとだいたいはまず稽古場に連れて行かれて「腹から大きな声出してみろ」って言われるんです。節なんて最初はどうでもいいんですよ。で、2~3番練習して土俵上の歩き方や所作を教えてもらったら、「じゃ、明日からやれ」って言われて初土俵でした。
佐々木:初土俵のことは覚えてますか?
利樹之丞:はい。平成元年五月場所が初土俵なんですが、13日目に初めて土俵に上がりました。すごく緊張したのを覚えています。
佐々木:最初の呼び上げというのはどうでしたか?
利樹之丞:緊張は覚えているんですが、どんなふうだったかは覚えてないですね。
<呼出しによる実演:呼び上げ>
佐々木:呼び上げで難しい四股名はありますか? という質問がきています。
利樹之丞:2文字、3文字の四股名ですね。今だと“阿炎”とか。“錦”がつくものも難しいです。“安美錦”とかですね。錦は全部“い”で終わるので、大きい音にならないんですよ。古典的な“山”とか“花”はすごくやりやすいです。それから、理想は5文字。
佐々木:そうすると“朝乃山”は理想的ですね。
利樹之丞:“朝乃山”いいですね~。
佐々木:ではここで、呼び上げの実演をお願いしたいんですが、“朝乃山”でお願いいたします!
利樹之丞:では、先場所、優勝が決まった日の一番を。
おすもうさん:西方/朝乃山、東方/豪栄道で、呼び上げの実演をしていただきました。間近で聞く呼び上げは迫力がすごかった!
<呼出しによる実演:太鼓>
佐々木:では、もう一つ、呼出しさんには実演をお願いしたいと思います。太鼓なんですが、実は楽譜がないそうで“口譜(くちふ)”で覚えるそうです。
利樹之丞:入門すると口伝えに音を教わるんです。それを口ずさみながら太鼓を叩くので、まずはこれを暗記することから始まります。たとえば朝に叩く一番太鼓はトンストトン………………。
会場:おーーーーー!
利樹之丞:これを暗記しながら手でリズムを取るところから入っていきます。このトンストトン……の間に“洒落バチ”といって、それぞれの個性を盛り込んだバチさばきを入れるんですね。ちょっとやってみます。
会場:(あまりの迫力にどよめく)
利樹之丞:真ん中のパートをずっと繰り返すので10分でも30分でも叩いていられるんです。
(この後、寄せ太鼓、跳ね太鼓を実演)
おすもうさん:太鼓を叩いているバチは樫長(かしなが)バチといって、『知れば知るほど 行司・呼出し・床山』でも紹介している太鼓屋さん・宮本卯之助商店で購入されるそうです。新品はけっこう太いのですが、それを呼出さんが削って使いやすい太さに調整するんだとか。
*新品のバチは、「元立呼出し・秀男さんと乗る屋形船」企画の秀男クイズ賞品紹介で、秀男さんご提供のバチの写真が載っています。こちらもご覧ください!
佐々木:ありがとうございました。生で聞くとすごいですね。
錦太夫:いや~素晴らしかったですね!どうですか!お客さん!!!
会場:笑&拍手
錦太夫:なんか、いつもより多めに叩いてます的な感じはありましたけど(笑)。
利樹之丞:っていうか、今休憩しに行ってたでしょっ!!!!(笑)
佐々木:お客さんは感動されてましたよ~。どうですか?今日の呼び上げと太鼓は?
利樹之丞:この会場(念仏堂)がやりやすいですね。反響がね。実は、先日、この回向院の本堂で呼出し先祖供養の会というのがありまして、毎年やってるんですが、本堂も音響よかったですよ(笑)。
佐々木:そうなんです。回向院には呼出しさん代々のお墓があるんです。本では99ページに載っています。
利樹之丞:墓地に入って、突き当りの一つ手前を左に入ったところに“太鼓塚”というのがあるんですが、これが呼出し先祖供養の墓というか塚なんです。毎年、五月場所が終わるとここで供養の法事をやっています。
佐々木:そして、太鼓といえば、93ページに本場所会場の櫓が紹介されていますが、今日は大阪場所の櫓の大きな写真が用意されているということで(スライドが出る)。
利樹之丞:大阪は体育館の3階にむりくり建てたような櫓ですね。ここが板一枚だけで繋がってるという。
会場:おーーーー。
利樹之丞:平成7年までは国技館も丸太を組んだものだったんです。でもその職人さんがいなくなってしまってエレベーターになりました。丸太組みのころは台風の時期なんか場所の終盤になると木がゆるんでスカスカになってね、がくがくしながら登ってましたよ。
錦太夫:某呼出しさんが落ちたんでしょ。
利樹之丞:そうそう!このへん(2~3段目あたり)からね。(笑)
佐々木:え!どういうことですか?
利樹之丞:だから、一番下のあたりからね、落ちたんです。「○○が櫓から落ちた―!」って見に行ったら、そのへんから落ちてたっていう(笑)。
佐々木:名古屋は上ったことありますか?
利樹之丞:ありますよ。怖いし、暑いし、あとハチの巣ができることがあったんですよ。櫓は6月中旬くらいから建てるんですが、初日までの間にハチの巣ができちゃって、ハチがぶんぶん飛んでるなんてときもありましたね。
佐々木:高いところが怖い人も上がらないとだめなんですか?
利樹之丞:無理やり上がってましたね~。
おすもうさん:名古屋の櫓は平成29年から上がらなくなり、現在は入口近くで叩いています。
マゲ結いの間は強い力士ほど動かないもの
佐々木:では、次に床山さんのお仕事についてお聞きしたいと思います。こちらも質問がきておりまして、力士のマゲだけでなく親方の散髪もするのでしょうか?
床作:今は追手風部屋所属ですが、以前いた桐山部屋では桐山親方の散髪はやってました。
佐々木:そうなんですか!
床作:毎日ではないですが、一週間に一回くらい。バリカンでガーっとやるだけなんですが……。
佐々木:力士の散髪については、床山さんは時々マゲを結うときに毛先を切ってますね。これはどういう判断で?
床作:床山の好みにもよるんですが、自分でちょっと長いなと思ったら切ります。我々が勝手に判断してますね。
佐々木:おすもうさんは毎日マゲを結ってますが、床山さんは休みはどうされてるんですか?
床作:どうしても用事があるときはお休みさせてもらってますが、基本的に必ず毎日縛り(結い)に行ってます。
佐々木:そうすると、床山さんは年間を通じてなかなか長い休みが取りづらいですね。
床作:そうですね。でも、僕はあんまり休みはいらないんです。
佐々木:え!
床作:休みたい床山さんもいらっしゃると思いますが…。場所がないときの床山の仕事時間は13時か14時には終わってそこからは自由時間なんです。だから逆に休む必要はあんまりないかなぁと。
佐々木:昔は気まぐれな関取なんかが変わった時間に電話一本でちょっと来てって言ってくるなんて話を聞きますが……。
床作:僕も実は夜中の12時か1時にちょっと縛りに来てって言われたことはありますね。そんな時間から何するんだ!?って思いますけどね(笑)。
佐々木:あれ!? 利樹之丞さん、なんで笑ってるんですか?
利樹之丞:いや…、なんだか水道屋さんみたいだなって思って(笑)。
会場:爆笑
床作:少し話は違いますが、変わった所でって話だと、白鵬関に可愛がってもらっていてモンゴルにも毎年連れて行ってもらってるんですが、横綱の実家も行きました。
佐々木:モンゴルでの縛りは環境も違うし大変じゃないですか?
床作:そんなに大変ではないんですが、一番すごいなーって思ったのは、大草原のど真ん中で頭を縛ったことですね。
佐々木:それはどんなタイミングだったんですか?
床作:大草原の奥の奥にある施設に横綱が行かれる時に、最初は頭はやらなくていいから一緒に行こうと言われてついて行ったんですが、やっぱり気になるからやってって言われて。大草原で車を止めてそこで縛りました。
佐々木:それはすごい!ふだんは部屋の力士を担当されていると思うんですが、今は追手風部屋にはたくさんの関取がいらっしゃいますよね。どなたを誰が担当するというのはどうやって決まるんでしょうか?
床作:それ、よく聞かれるんですが、流れで決まるんです。僕は一番最初に黒海さんをやらせていただいてたんですが引退されて、そこへ上がってきたのが遠藤関だったんです。でも、まだザンバラだったので、部屋のもう一人の床山の床風に任せて、僕はその次に上がってきた大栄翔関を担当することになって……。という具合ですね。
佐々木:関取衆が多いってのは部屋としては名誉なことですが、床山さん的には結構大変じゃないですか?
床作:ぶっちゃけ忙しいですよ。場所休みのときなんか特に。みんな部屋を出ているんで、何時に頭をやるから部屋に来てくれって言うんですが、誰も来ない! 来ないから僕も家に帰ると電話かかってきて、ちょっとお願いしますって言われてまた部屋に行くとか、結構あります。
佐々木:プライベートな時間がとりにくいですね。ご家族は怒ってませんか?
床作:がまんしてくれてますね。そういうもんだと。そういうところに嫁に来たと思ってくれてるんじゃないでしょうか。
佐々木:ご理解ありますね。さて、今日は床山さんの実演がわりに、仕事道具を持ってきていただきました。床作さんから解説をお願いします。
写真は上から道具箱、元結、びんつけ油、すき櫛。
床作:まず、道具箱ってのがこれで、個人差があるんですが、僕は小さめのを使ってます。これが元結(もとゆい)といって和紙でできた紐で、これでマゲを縛ってます。これがびんつけ油といって、あの匂いの素でもある整髪料です。マゲを結うときは、まず髪を水でぬらしてよくもんでいきます。最初に使う櫛は荒櫛(あらぐし)といって、これでぐちゃぐちゃになった髪を一度整えて、次にびんつけ油をつけて、すき櫛を使っていきます。ここについている毛はフケとか汚れを取るためのものです。最後に揃え櫛という目の細かい櫛で揃えて、元結で縛って終わり。大銀杏の場合はマゲ棒を使います。
佐々木:本の110~111ページにマゲ棒コレクションが載ってますね。床作さんのは何製なんでしょうか?
床作:東急ハンズで買ったピアノ線です。
佐々木:これはみなさん自作されるんですよね?
床作:はい。最初はプラモデル屋さんに行ってピアノ線を探して。好みに合わせて自分でちょっとずつ削って調整していくんですが、なかなか削れないんです。
佐々木:このマゲ棒で大銀杏を作っていくわけですが、先ほど利樹之丞さんのお話にありましたが(その①を参照)、床寿さんが大銀杏をやるのを見に行ってたときのことって覚えていらっしゃいますか?
床作:今でも鮮明に覚えてますね。床寿さんは名人といわれた方で、名人名人と聞いてたのに、僕が入門したときはもう大銀杏やってらっしゃらなかったんです。それがある日、朝青龍さんの頭を今場所からやると聞いて、これは大チャンスだと。そんな名人の技術をなんとか盗みたいと思って、本場所中、朝青龍さんが入ってこられたらすぐ床寿さんの後ろに立って見てました。最初、朝青龍さんにも床寿さんにも「なんだこいつ?」って顔されたんですが、毎日見に行ってるうちにだんだん顔も覚えていただいて。僕の技術はまだまだですが、なんとか、床寿さんのところまでいきたいなと思ってやっています。
佐々木:利樹之丞さんは、床寿さんのまわりに若い床山さんが集まって来ていた時の様子を覚えてらっしゃいますか?
利樹之丞:床寿さんは千代の富士さんの頭をやって、小錦さんの頭をやって、ちょっと空白があって、たまたま朝青龍さんの頭を最後までやるようになったんですね。で、久々に大銀杏をやられて、「おれがやったらこんなに若いやつらが見に来るんだよ」って得意満々に、夜お酒を飲みながら話されてました。そのお酒に毎晩2~3時間付き合わされてましたね(笑)。
佐々木:素人目には床寿さんのすごさがどこかは見分けがつかない部分もありますが、床作さんからご覧になって、どこがどうすごいといったらよろしいんですか?
床作:どこかで大銀杏を間近で見ることがあったら横から後ろへ張り出した部分を見てほしいんですが、床寿さんの大銀杏はその部分が頭皮にくっついているというか、収まっている。で、目の細かさが一本一本出ているんです。これが床寿さんのすごいところで、これをするにあたっては“もみ”がしっかりできてないとだめなんです。この“もみ”はただもんでるだけじゃなくて、コツがあって。でもそれは口で説明されてもわからないもので、今も勉強してるところなんですが……。床寿さんの大銀杏は、やっぱり収まりと目の細かさが違いますね。
佐々木:かなりマニアックなお話ですね。ただ、会場のみなさん熱心に聞いていただけてるので、ここに集まっていらっしゃる方々はちょっと違う人達だなって(笑)。どうですか?錦太夫さん。
錦太夫:そうですね。目が細かいっていうのは~……(笑)。(と、床山さんの技術について解説しようとする)
会場:笑
佐々木:僕は支度部屋で仕事をさせていただく時に見ていて、床山さんとしては、力士は動かないでいてくれるほうが仕事がしやすいのかなと思うのですが。
床作:そうですね。動かれるとマゲ棒が入る角度が変わってしまいますから、うまくできないですし、時間もかかります。
佐々木:今は翔猿関を担当されてますが、翔猿関はどうですか?
床作:あまり動かない方です。
佐々木:追手風部屋のみなさんはあまり動かれないですか?
床作:そうですね。よく兄弟子から聞いたのは、強いおすもうさんほど動かないと。床寿さんが千代の富士さんをやられていたときも、千代の富士さんはビシッと動かなかったそうです。
佐々木:大翔丸関はどうですか?
床作:動かないです。
佐々木:遠藤関は?
床作:もっと動かないです。
佐々木:遠藤関は微動だにしない感じですよね。
床作:遠藤関は床山の仕事に対して興味があるようで。一緒に飯を食ったときに、僕が熱弁したことがあるんです。恰好よく決めたかったら動くな、と。動けば動くほど時間がかかるから腰も痛くなるでしょって。だから動かないで床山に身を任せて、終わるまでビシッとしててくださいって言ったら、関取はしっかり守ってくれてます。
佐々木:なるほど。動かないって大事なことなんですね。
呼出しさんと床山さんのお仕事についてお届けしたトークショーレポート第2弾いかがでしたでしょうか。最終回の第3弾では、お三方にお互いの仕事について、そして、三職それぞれの兄弟子からの名言集をご紹介したいと思います。お楽しみに!
photo/椛本結城(ベースボール・マガジン社)
(写真左から)
利樹之丞-りきのじょう-(高砂部屋)
昭和48年生まれ、山形県酒田市出身。平成元年4月入門。
式守錦太夫-しきもり・きんだゆう-(二所ノ関部屋)
昭和48年生まれ、千葉県柏市出身。平成元年3月初土俵。
床作-とこさく-(追手風部屋)
昭和54年生まれ、京都市下京区出身。平成8年2月入門。
〚司会〛
佐々木一郎-ささき・いちろう-(日刊スポーツ新聞社)
サッカー、オリンピック、大相撲担当記者を経て、現在は大相撲などのデスク担当に。自身の筆による相撲部屋の俯瞰イラストが大好評だった「月刊相撲」(ベースボール・マガジン社)の連載「稽古場物語」は、来年早々に同社より書籍化予定。ツイッター@Ichiro_SUMO