「おすもうさん」では、“おすもうびと”のコーナーでのインタビューや、主宰イベントの司会などでご登場いただいている、日刊スポーツ新聞社の佐々木一郎さん。今年1月に初の著書『稽古場物語』が発売になりました。それを記念して開催されたトークショーの模様を、3回に渡ってお届けします。ゲストにお迎えした西岩親方との息のあったトークをお楽しみください!
令和2年2月8日、両国・回向院の念仏堂にて。『知れば知るほど 行司・呼出し・床山』(おすもうさんが企画・編集・執筆)の出版記念トークショーを開催したところと同じ場所です!(式守錦太夫さん、利樹之丞さん、床作さんをお迎えして佐々木一郎さんの司会で開催→レポートを読む)
今回のトークショーは3部構成。第1部は西岩部屋の稽古場原画、写真を見ながら西岩親方に西岩部屋をつくったときのお話を伺いました。第2部は、『稽古場物語』の取材時に佐々木さんが資料用として撮影した膨大な写真から約100枚をチョイスして、スライドショー形式でご覧いただきながら、いろんな相撲部屋のお話を。最後は西岩親方に稽古見学について、そして旧鳴戸部屋のお話を伺いました。
トークショーレポート第1弾では、第1部の西岩部屋ができるまでのお話をご紹介します。
まずは本日の主役・佐々木一郎さんからご挨拶。手前に置いてある「一生稽古」の文字は、『稽古場物語』の題字や本文中の部屋名などの相撲字を担当した「相撲」編集部・下家さんから贈られた激励の一言。
部屋によって違う稽古土俵、二所一門に多い土俵とは?
佐々木:本日はたくさんの方にお集まりいただき、とてもうれしいです! さて、親方、本はもう読んでいただきました?
西岩:もちろん、読んできましたよ。西岩部屋のところだけね(笑)。
佐々木:親方とは打ち合わせなしでここに座っております。
西岩:あえて、打ち合わせはやらないという。みなさんの前でグダグダ話すということなので(笑)、お手柔らかにお願いします。
佐々木:では、この本の中にも西岩部屋のイラストを描かせていただいているんですが、取材時に撮った画像を見ながらお話していこうと思います。親方、部屋を設計されるにあたってのポイントは?
西岩:力士のことを一番にということですね。そして、青森から鉄砲柱を持ってきたり、国技館の土俵と同じ土を入れたり、稽古場から風呂への動線とか、自分が現役の頃を思い出して、こういうふうに作ると便利だったなということを考えて設計しました。
佐々木:土俵の話がでましたが、西岩部屋の稽古土俵には徳俵がないんですね。
西岩:私が育った(旧)鳴戸部屋には徳俵がなかったので、同じ形にしました。二所一門にはこのタイプが多いんです。徳俵って一つ外に出ていて、得をするから徳俵でしょ。稽古のときから得をしていたら、本場所で得を感じない。だから稽古場は丸の土俵でやって、本場所で得をするという考えですね。
佐々木:でも、稽古場で徳俵に慣れていないのに、本場所でいきなりあって、対応できるもんですか?
西岩:それくらいはできるんじゃないでしょうか。
佐々木:押されたときに、見るわけではないし、体でここに徳俵があるってわかるんですか?
西岩:わからないです。グルグル動いているので、どこに徳俵があるかなんて、取組中はわからないです。
佐々木:でも、徳俵で得したことはあります?
西岩:結果的に得したなっていうのはありますよ。でも、狙って下がるとか、残すっていうのはないです。
佐々木:部屋の徳俵のあるなしは、師匠の方針によるんですね。錦戸部屋は俵自体がない皿土俵というもの。これはなぜか、高砂一門によく見られますね。さきほど、親方、二所一門には俵はあるけど徳俵がない土俵が多いとおっしゃいましたが、芝田山部屋は皿土俵なんです。
西岩:え、ないんですね。
佐々木:これは本にも少し書いたんですが、稽古場が半地下にあって湿気がすごいんです。だから俵を入れると腐っちゃうそうで、二所一門ながら皿土俵なんです。あと、尾上部屋はアマチュアの土俵によくある布製の俵。
西岩:へぇ。
尾上部屋の稽古土俵。俵が布製。西岩部屋の土俵はおすもうさん過去記事「西岩部屋~平成30年たたき上げの第一歩~その③」でご覧いただけます。
佐々木:布のいいところは腐らない! と、土俵ひとつ見てもいろいろあって、これはいろんな部屋をまわってわかったことですね。
西岩:私は皿土俵で稽古したことないですよ。地方場所も全部俵がある土俵でしたから。俵がないとその分高さがないから踏ん張れないんじゃないかな。稽古するにはどうかなとは思いますね。
佐々木:皿土俵にしている親方に聞きますと、ケガ防止というのを一番言われてました。俵に打ちつけると結構痛いらしいですね。
西岩:痛いです。特に本場所の俵は痛いですね。稽古場と本場所では、俵の高さが違うんですよ。稽古場はちょっと低くしてある。それは、やっぱり、ぶつかった時や投げられた時にケガしないように。本場所のはね、太ももとか打ちつけると痛いですね。
佐々木:皿土俵だとそれがないということなんですね。
上がり座敷に掲げた親方からのメッセージ
佐々木:次は西岩部屋の上がり座敷の奥にあるものなんですが・・・。
西岩:これは、りんごの木にりんごがたくさんなっていて、そこに雪が積もっているという故郷の景色ではあるんですが、非常に珍しい写真なんですよ。なぜかというと、りんごの収穫前にこれだけの雪が降るのは何十年に一度のことなんです。
佐々木:これを初めて見た時は、絵だと思ったんです。
西岩:絵だといつでも描けますが、写真は珍しいんです。これは友人のお父さんが撮られたもので、すごくきれいな写真だなと思ったんですよ。
佐々木:これを稽古場に飾られたのには意味があるんですよね。
西岩:はい。りんごの上にもたくさん雪が積もっていますが、雪って重いし、冷たい。でもりんごは落ちないように耐えているんです。落ちたら商品になりませんから、重くても冷たくてもじっとがまんしている。これって力士の稽古場と同じだと思ったんです。力士も冷たくても痛くてもじっと耐えないと一人前の力士になれないんだよ、りんごだってあきらめて落ちたら終わりだからじっと耐えてるんだよって。だからこの写真を大きくして飾ってます。
佐々木:あちこちの稽古場に行くと、絵とか写真とか、部屋の師匠がなんらかの考えをもって飾っていたりするので、それを一つひとつ聞いてみると、いろんなエピソードが込められていることがわかったんです。この本にはそんなところを書かせていただいています。続きまして・・・。
佐々木:部屋の看板です。看板を誰に書いてもらうかというのも、師匠の考えが現れていると思うんですが。西岩部屋は親方ご自身が書かれたという。
西岩:そうなんです。下手くそながら・・・・私が書きました。
佐々木:これは見事だと思います。
西岩:最初は誰に書いてもらおうかいろいろ考えたんです。佐々木さんに書いてもらおうか(笑)とかね。でも、なかなかこれという人が思い当たらなくて、最終的に自分の部屋だから自分で書こうと思って書きました。
佐々木:いろんな部屋をまわりましたが、師匠自らが書いた部屋は西岩部屋だけでした。これは、やっぱり親方の覚悟が現れていると感じました。
体にいいものは全部まずい!? 西岩部屋のちゃんこのこだわり
佐々木:西岩部屋にはいろんなこだわりがあるんですが、一番のこだわりは食事ですよね?
西岩:自分でいろいろと勉強もしていて、お米は玄米を混ぜています。ちなみに、私が現役のときは100%玄米のごはんでした。玄米は硬いしあまりおいしいとはいえないんですが、白米よりはるかにビタミンやミネラルといった栄養素が豊富ですから。だから、部屋を持った時は、力士に食べさせたいと思っていたんです。でもね、さすがに100%は無理なので、1~2割ほど混ぜて炊いています。体が健康じゃないと、いくら強くても力を発揮できないというのが私の考えです。
佐々木:ただ、お腹いっぱい食べて体を大きくするには、白米のほうがいっぱい食べられそうなもんですが・・・・・。
西岩:そんなことはないとは思いますよ。でも、力士にはふだんからまずいものをいっぱい食べろと言ってます。
佐々木:え!?
西岩:私の持論ですが、体にいいものって全部まずいですよね。
佐々木:そう・・・ですかね・・・?
西岩:おいしいかまずいかはその人の好みもあるでしょうけど、力士に嫌いなものを聞くと、ピーマンとかゴーヤーとか。で、好きなものはジャンクフードだったり。だから、おいしいものよりまずいものを食べなさいと。まずいっていう言い方はよくないかもしれませんが、それくらいの気持ちで食事しなさいと言ってます。
佐々木:あと、親方の取り組みとしていいなと思ったのは、部屋がある浅草の名物を力士に食べさせて体験させているということ。
西岩:相撲だけしかできない力士にはなってほしくないんです。それに浅草に部屋を構えたんですから、名物の一つや二つは言えないと恥ずかしいです。私も弟子には知ったような顔して言ってますが、実は下調べしてですね(笑)。縁あって浅草に住んでるわけですから、地元のことはちゃんと知っておいてほしいですね。
佐々木:なるほど。いろいろな部屋に行きましたが、意外と近所のことを知らない力士も多いんですよね。これは西岩部屋ならではでよい取り組みだと思いましたね。
さて、西岩親方のいろんなこだわりが聞けたところで第一部は終了。次回は、相撲部屋の部屋ごとのさまざまな違いや、相撲部屋あるあるなど、取材裏話をお届けいたします。お楽しみに!
佐々木一郎(ささき・いちろう)
昭和47年8月3日生まれ、 しし座、A型、千葉県千葉市出身。
日刊スポーツ新聞社に入社後、サッカー、オリンピック、大相撲担当記者を経て、現在は大相撲などのデスク担当に。西岩部屋新聞の編集長でもある(西岩部屋新聞についてのインタビューはコチラ)。
ツイッター@Ichiro_SUMOでも相撲の情報を発信中。
西岩 忍(にしいわ・しのぶ)
昭和51年7月10日生まれ、かに座、O型、青森県弘前市出身。
弘前市立第二中学校卒業後の平成4年、元・隆の里の鳴戸部屋に入門。平成9年十一月場所の十両昇進を機に「若の里」に改名。平成10年五月場所で新入幕を果たす。平成13年一月場所で関脇に昇進。平成27年九月場所で引退、年寄「西岩」を襲名し、田子ノ浦部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたり、平成30年2月1日付けで独立、「西岩部屋」を開く。
西岩部屋ホームページ
photo:椛本結城(ベースボール・マガジン社 相撲カメラマン歴25年!椛本カメラマンのインタビュー記事はこちら)