NHKで長きにわたり、看板アナとして活躍された藤井康生さんが初の著書『大相撲中継アナしか語れない 土俵の魅力と秘話』を出版されました。大相撲実況の第一人者である藤井さんに、著書のことや実況のこと、相撲界に期待することをうかがいました。

藤井康生(ふじい・やすお)
フリーアナウンサー(元NHK エグゼクティブ アナウンサー)。公益財団法人日本相撲協会記者クラブ会友。NHKアナウンサーとして43年間、おもにスポーツ放送を担当。大相撲は昭和59年から約38年間担当した。現在は「ABEMA大相撲LIVE」の実況を担当。
YouTube「藤井康生のうっちゃり大相撲」
読みやすさを第一に、推敲や修正を重ねて完成。
藤井が朗読しているように読んでほしい
――藤井さんにしか語れない内容がたくさんあり、とても読み応えがありました。執筆期間はどのぐらいだったのでしょうか。
書き始めたのは、去年の5月か6月ぐらいからです。本場所中はABEMAの実況があるので、ほかの仕事はなかなかできないんですね。七月場所が終わって、本気になって本編を書き始めたのが8月からで、九月場所が始まる前ぐらいには書き終えました。
その後、修正や推敲を重ねて、今年の三月場所前にようやく発売できました。
――執筆にあたり、苦労したことや工夫したことを教えてください。
相撲界の事情はつねに変わるんですね。原稿を書き終えて校正しているときに、大の里が大関になったり、貴景勝が引退したり、横綱照ノ富士が引退したり、豊昇龍が横綱になったりしました。ひと場所ごとに変わっていくから、どこかに区切りをつけないといけない。また、1箇所修正したら、「ほかに照ノ富士について書いているところはなかったかな」と、全体を見直して、間違いがないかを確認する作業を行いました。暗唱できるぐらいに何回も読み直しました。
――拝読していて、文章が頭の中で藤井さんの声で聞こえてきて、とても読みやすかったです。
それね、目標だったんです。藤井が朗読しているように読んでもらいたいと思っていました。たとえば北の富士さんとのやり取りも、北の富士さんがしゃべっているような言葉をそのまま使いたかったんです。
――相撲中継を見ているような感覚で読みました。
それはありがたいですね。書き言葉と話し言葉はまったく違います。今回は、話し言葉に近いように、そしてセンテンスを短めに、特別難しい言葉を使わないように、ということを考えて執筆しました。
私は日本語のプロですから、繰り返し同じ表現を使うことは避けたいわけです。たとえば、「横綱に昇進」という言葉を1回使ったら、次は「綱取り」という言葉にしてみたり、「頂点を極める」と表現してみたりしました。
読みやすい、というのが一番ですから、自分で文章を作りながら読み返しましたね。5行できたら読み返してみて、ちょっとおかしければ修正する、その繰り返し作業です。
――1日何時間ぐらい執筆に費やしていたのでしょうか。
朝5時には目が覚めるので、顔を洗って歯磨きをしたら机に向かいます。で、7時に朝ごはんを食べたら、また机へ。食事とトイレ以外の時間はほとんど執筆していたので、1日10時間ぐらいでしょうか。8月の1か月間は、ほぼ他の仕事は入れずに原稿を書いていたので、大変でした。

相撲の実況に向いているのは
気持ちよく語りが聞けるような声のアナウンサー
――第5章は特にNHKアナウンサーしか知り得ない中継の裏側、ファンとして知りたいことが満載でした。
あの章は、よほどマニアックな人しかおもしろくないだろうから、削ろうかと思ったんです。
――えーーーー!
でも、相撲好きの人からすると、アナウンサーや解説者とか、中継に出てくる人たちが、どんな思いで、どんなやり取りをしているか、放送席に座るにあたって、どんな準備をしているか、そういうところに興味をもっているんじゃないかと思って、残しました。
――藤井さんは今、ABEMAの大相撲の実況をされています。ABEMAとNHKで、実況の違いはありますか?
ABEMAはCMがあるのが、NHKとの大きな違いですね。CMがあけると制限時間いっぱいになっていたりして、なかなか解説者の話が聞けなかったりします。もう3年やっていますが、なかなか慣れないですね。
ABEMAのスタッフの方たちは、若い視聴者に相撲の魅力を伝えようとして頑張っているなと感じます。スタッフは巡業も回ってインタビューを取ってきたりするわけです。力士だけではなく、行司さんや呼出しさんとも繋がりをもって、独自の情報を取り入れてきて、それを放送するというのはおもしろいと思いますし、よく勉強して、よく調べているなと思います。
NHKのアナウンサーは、なかなか巡業にはいけないんです。本場所が終わったら、次はメジャーリーグだ、甲子園だ、と他の仕事を抱えているので。
――NHKで大相撲中継をするアナウンサーは、全国各地から集められると本書に書いてありました。大相撲担当にはどういう人が選ばれるのでしょうか。
私は小さいころから相撲が大好きで、大相撲の実況をやりたい、やりたいとずっと言い続けていたんです。でも、それほど相撲好きじゃない人を相撲中継に引っ張り込む口説き文句もあります(笑)
相撲は1年間に90日放送がありますし、テレビもラジオもあります。テレビは幕下以下、十両、幕内と3部構成で、その都度実況が変わるので、出番も多い。でもプロ野球の中継はNHKで年間90日もありません。しかも巨人戦の実況となったら、大先輩が担当していたら、たとえ50歳になってもなかなかチャンスはめぐってこないこともあります。サッカーのワールドカップやオリンピックだって、チャンスは4年に1回です。
そうすると、相撲のほうが仕事としてやれる回数は多いし、がんばれば初日や千秋楽など、いいところを担当する機会も与えられるよ、と。
そんなことを言いながら、相撲の世界に引っ張ってくるんです(笑)
――どんなアナウンサーが相撲中継にむいているのでしょうか。
相撲中継は、ほとんどが仕切っている時間です。今の相撲、特に昭和の相撲とまったく異なってきたなと思うのは、取り組み時間が短くなってきたことですね。
1秒で終わってしまうこともあれば、10秒もあると「ちょっと長いかな」、20秒を過ぎると「長い相撲になってきました」と言います。そういう競技だから、仕切っている時間が3分半なりあって、取り組みよりはるかに長い。
そこをアナウンサーがコメントをつけながら語るわけです。解説者に質問をして、会話を進めていかなければなりません。サッカーなら「右から左にセンタリングです」などと実況としてしゃべりますが、相撲で動きがある時間はほんのわずかですから、それとは違います。どちらかというと静かな語りの時間が長い。
ですから、気持ちよく語りが聞けるような声をもつアナウンサーのほうが向いています。それと、重厚感とまではいわないですが、浮ついていないほうがいいですね。

伊勢ケ濱親方の解説は抜群!
今、注目の力士はこの4人
――これまでさまざまな解説者と実況を担当されてきましたが、現役の親方で、印象に残っている解説者はいますか?
最近では、やはり伊勢ケ濱さんの解説って抜群だと思いますね。伊勢ケ濱さんの解説だと、毎回新しい気づきや発見があります。40年大相撲実況してきたけど、それは知らなかったな、という。伊勢ケ濱さんは押し相撲もとれる、つっぱりもできる、そしていろんな技もある。現役のときからとても上手なお相撲さんでしたが、指導者となって教え方も上手。稽古場での教え方も違うんです。あの年齢でもまだ土俵に降りて指導しています。だから、解説のときに自分の部屋の力士に厳しいですよね。
――藤井さんが、今注目している力士を教えてください。
最大の注目は安青錦です。ひさしぶりにおもしろい力士が出てきたな、と。体はそれほど大きくないですが、バランスがいいですね。最近の相撲は叩き込みや引き落としをする力士が多いですが、安青錦は自分がすることもほぼないし、されることもありません。前傾になっても、叩かれてもついていけるだけの技量があるということですね。これからどんどん強くなると思います。
それから私が生きている間に大変な横綱になる可能性があるのは、大の里ですね。大の里は横綱になりますよ、間違いなく。彼がどの程度の横綱になってくれるかは注目ですね。白鵬の45回はそう簡単ではないでしょうけど、30回ぐらいはね。そのためには、彼にも技が欲しいですよね。今の、体だけで出ていくような相撲ではなく、攻めきれないときにどんな相撲をとるか。それこそね、師匠の腕だと思います。二所ノ関親方がいかに指導できるか。大の里は相撲界の宝ですからね。野球でいえば、大谷翔平選手を預かったようなものです。
平戸海もいいですね。大関になってほしいですが、そう簡単ではないと思います。ただね、全力を出し切る相撲っぷりが気持ちいい。見ていて楽しいですからね。
阿武剋もいい技術をもっていますね。まわしをとったときの技能はかなりのものだと思います。いろんな力士と稽古することで、技術もどんどん磨かれると思います。
――注目の力士、たくさんいますね。五月場所も盛り上がりそうですね。ABEMAでの実況、楽しみにしています。
藤井康生著(発行:東京ニュース通信社/発売:講談社)
1760円(税込)
昭和〜令和までNHK大相撲中継を担当した著者が、大相撲の魅力と秘話を紹介。大相撲中継を見るのがさらに楽しくなる一冊。

\\PRESENT//
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