『知れば知るほど お相撲ことば』こぼれ話~床蜂さんの床山ばなし~①

「おすもうさん」編集部が手がけた『子どもたちと楽しむ 知れば知るほど お相撲ことば』の第3章では、行司・呼出し・床山にまつわることばを紹介しています。このページは、行司は木村容堂さん、呼出しは邦夫さん、床山は元特等床山・床蜂こと加藤章さんに取材ご協力いただきました。その際、「お相撲ことば」以外の興味深いお話もたくさんお聞きしたのですが、これをご紹介しないのはもったいない! ということで、今回は令和元年8月で日本相撲協会を停年退職された床蜂こと加藤章さんのお話を2回に渡ってお届けします。
*このインタビューは令和元年12月に行ったものです。

床蜂(とこはち)
本名は加藤章(かとう・あきら)
昭和29年8月17日生まれ、横浜市出身。昭和45年4月に宮城野部屋に入門。北の湖、千代の富士、双羽黒、白鵬と歴代横綱のマゲを結ってきた。令和元年名古屋場所で停年退職。
photo:『知れば知るほど 行司・呼出し・床山』より(撮影:椛本結城/ベースボール・マガジン社)

 

 

入門のきっかけは関取からのスカウト!?

―もともと相撲が好きで入門されたのでしょうか?
いや、相撲界に入るまではほとんど相撲なんて見なかった。

―そうなんですか! ではご自身の意思での入門ではなかったんですね。
私の場合は親がきっかけですね。出身が横浜なんですが、毎年夏に横須賀で子どもの相撲大会がありまして、姉と一緒に親に連れられて行ったんです。そこへ、廣川(後の先代宮城野親方)や大心(だいしん)といった宮城野部屋の関取がきていたんです。私は相撲に飽きちゃって、姉の髪の毛をいじって遊んでたら、大心って力士がきて「髪つかうの好きか?」って聞かれて、「はい」って答えたら、「床山って仕事があるんだけど、どうだ?」と言われたのがきっかけ。

―スカウトですね!
たまたま、2ヶ月ほど前に宮城野部屋の床山がやめてしまったらしくて。あと、私の父親と廣川さんがプライベートでも付き合いがあったこともありました。

―では、親御さんとしては、どうぞどうぞって感じだったんですね。
そうです。うちの親はめちゃめちゃ相撲好きなのでね。私は相撲はそんなに好きじゃなくて、当時“昭和の牛若丸”と言われた伊勢ノ海部屋の藤ノ川が好きで、相撲を見るなら藤ノ川の取組しか見なかった。

―では、まさかの宮城野部屋だったんですね。
どうせ相撲界に入るなら、藤ノ川のいる伊勢ノ海部屋がいいって言ったんですけどね(笑)。

―それは何歳のとき?
昭和43年で中学生でした。でも、すぐに相撲協会に採用されなかった。義務教育が終わらないと採用できないと言われて、2年近く待ちました。その間は、部屋だけで仕事を覚えて。当時の宮城野部屋には関取が7人もいましたから。

―それは人手が足りませんね。それで、中学行きながら部屋での仕事もされてたんですね。
はい。中学は地元の学校から両中(両国中学)に転校して、そこでは、北の湖さんと一緒だった。あと山科さん(元小結・大錦)。

―みなさん、仲良しだったんですか?
卒業後も年に1回OB会やってまして、そこで北の湖さんに「床山は上に(階級が)上がるとすぐなまくらになるからな」って怒られたりました。北の湖さんは理事長になられてから、床山の点数をつけていたんですよ。見せられたことがあります。3つ項目があって、技術、指導力、もうひとつは仕事ぶりだったかな?

―ふだんから目を配られていたんですね。
床山の昇級は、9月の理事会で承認されて次の初場所で上がるんですが、私が特等に上がる時、その両中のOB会で「そろそろ特等の年齢なんじゃないの?」って北の湖さんに言われたので「自分、特等どうですかね?」って聞いたら「考えるわ」って。理事会で承認された時は、速攻電話してきてくれました。「特等になったからって、なまくらになるなよ!」ってね。

―なんだかいい関係性。
兄貴みたいな存在でした。北の湖さんがいなかったら、やめてたと思います。本当によく説教くらいました(笑)。

―ところで床蜂さんはなぜ「蜂」なんですか?
最初は、本名の「章」をとって「床章(とこあき)」だったんです。でも、当時「床明(とこあき)」さんという方もいて、ややこしいからどちらか名前を変えろってなってね。私のほうが後輩だったんで、私が変えることになりました。

―そうなんですか!で、またなんで「蜂」?
先輩床山の床勇(とこいさむ)さんがいろいろ考えてくださって、数字の名前どうかってなったんですよ。当時、1、2、3といて、4がいなくて5、6、7といて、8がいなくて、9と10はいた。そこへ、春日野部屋の力士の鉢矢(はちや)さんが、「俺の名前やるよ」って言ってくださって。

―それで「床蜂」さんに。
いや、ところが最初は床八ってなってしまってて。巡業の宿に名前が張り出されるでしょ。あそこに「床八」ってなってるもんだから、蜂矢さんが「なんだ!俺の名前がいやなのか」ってね。

―それでやっと「床蜂」となるわけですね。
はい。床勇さんによると、それまでに、漢字はわかりませんが「床はち」という名前は4~5人いて、縁起のいい名前らしいんです。大鵬(第48代横綱)さんの頭をやって人や、栃木山(第27代横綱)さんの頭をやってた人も「床はち」だったそうです。

―それで床蜂さんも名横綱の頭をされていたという、まさに縁起のいい名前!

 

昔のびんつけ油は黒かった!?

―床山さんならではのことばのお話を伺いたいんですが、まず「床山」というのは相撲界のほかに歌舞伎界にも存在しますが。
友綱部屋に2年ほどいた床山でね、歌舞伎に転向した人がいるんです。一度大阪で偶然会ってね、相撲とはやっぱりだいぶ違うと言ってました。びんを広げるところはちょっと似てるらしいですけど。

―でも、マゲ棒なんて使わないですよね?
ないと思います。あれは床山が自分で作ってるからね。私はピアノ線使ってました。硬くてむりやりやると髪の毛を切っちゃう。でもそれを巡業中に落っことして…。

―あ!それで、旅館の衣紋掛けで急ごしらえしたという、あれ!(『知れば知るほど 行司・呼出し・床山』でご紹介しているマゲ棒です)
そう、あれ。使いやすいらしくって、停年なった途端にみんながくれって言ってくる。

―どなたの手に?
うちの若いの(宮城野部屋の床竣)に渡しました。

―ゆずりマゲ棒ですね。
1本がぐるぐるまわってます。でもね、人が使ってたのはやっぱりやりづらいんですよ。私も入ったときにもらったけど、使いづらくて自分で作りました。柄の部分は竹がいいです。青竹で、油を塗るとしまるんです。色も茶色くなってくる。

 

床蜂さんのマゲ棒(『知れば知るほど 行司・呼出し・床山』より<撮影:椛本結城/ベースボール・マガジン社)

―味が出ますよね。油はびんつけ油ですか?
そう。しまるからひびが入ってきて、これは長くはもたないんじゃないかなぁと思ったけど、なんとかもちました。

 

―床山さんって「びんつけ油」とは言わず、略して「油」とおっしゃいますよね。
ほとんど「油」としか言わないんじゃないかな。「油がない」って言ったら「じゃ、ごま油でも塗っとけ」ってね(笑)。私が新弟子1年目2年目のころは黒びんつけってのを使ってました。

―今のは白というか乳白色っぽいですが、何か違いがあるんですか?
香りが違いました。今は甘い香りだけど、黒びんつけって女の人がつける香水のような匂いだった。今のに変わったのは、柏戸さん使ったのがはじめと聞いてます。ハワイ巡業に持っていったのを、北の富士さんとかが「いいですね」って言って、みんながこれを使うようになったって。

―黒びんつけは髪が黒くなるんですか?
いや、ならないです。当時は黒と今のやつと使い分けてましたよ。力士が今日はこれつけてくれ、とか言って。

―そうなんですね。というか、昔のおすもうさんはあの甘い香りじゃなかったんですね。
あの匂い、私たちは鼻が慣れちゃってるけど、エレベーターとか電車でよく言われます。一番ショックだったのは、床鶴と電車に乗ってたら、高校生が乗ってて、「おすもうさんの匂いがするね」なんて話してるの。「あー、おれたちのことだ…」って思ってたら、「私、この匂い大っ嫌い!」って言ったんですよね。

―ショック!
床鶴と二人でね…。

―でもこの匂いが好きって人も多いですから!

というわけで、床山あるあるがでたところで、今回はここまで。
お話のなかで出てきた「びん」などの髪形にまつわる言葉、「びんつけ油」「マゲ棒」など道具の名前などを、『知れば知るほど お相撲ことば』でご紹介しています。
次回は、千代の富士、双羽黒、白鵬と歴代名横綱の頭を結ってきた床蜂さんならではの思い出エピソード、床山の技についてのお話をお届けします。お楽しみに。

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編著:「おすもうさん」編集部
監修:大山 進(元幕内・大飛)、神永暁(辞書編集者)
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