「おすもうさん」編集部が手がけた『子どもたちと楽しむ 知れば知るほど お相撲ことば』の第3章では、行司・呼出し・床山にまつわることばを紹介しています。このページは、行司は木村容堂さん、呼出しは邦夫さん、床山は元特等床山・床蜂こと加藤 章さんに取材ご協力いただきました。その際、「お相撲ことば」以外の興味深いお話もたくさんお聞きしたのですが、これをご紹介しないのはもったいない! ということで、今回は令和元年8月で日本相撲協会を停年退職された床蜂こと加藤 章さんのお話第2弾です。
*このインタビューは令和元年12月に行ったものです。
床蜂(とこはち)
本名は加藤章(かとう・あきら)
昭和29年8月17日生まれ、横浜市出身。昭和45年4月に宮城野部屋に入門。北の湖、千代の富士、双羽黒、白鵬と歴代横綱のマゲを結ってきた。令和元年名古屋場所で停年退職。
photo:『知れば知るほど 行司・呼出し・床山』より(撮影:椛本結城/ベースボール・マガジン社)
きつく“縛る”にはコツがある
―床山さんならではの言い方を調べているんですが、マゲを結うことも単に「頭やる」とか「頭を縛る」っておっしゃいますよね?
そうですね。ほとんど「頭やろうか?」って感じです。でも新弟子は「え?」って言いますよ。
―「縛る」っていうのは元結で縛るからなんですね。「もみ」も床山さんならではですよね。美容師さんはやりませんもんね。
美容院で「もみ」っていったらマッサージの意味だと思うよね。嫁さんには「あなたの場合、髪をもむじゃなくて気をもんでるだけじゃない!?」って言われてますが(笑)。
―うまい! あと、「根」。これはマゲの根っこ?
そうそう。「根を上げろ」とか「根を下げろ」とか言います。
―「根」は最初の元結をかける(元結は2回かけます)位置ですが、これはやっぱりきついほうがいい?
はい。床山の講習会をやってますが、そこで北の湖さんに「最近の若いのは元結がゆるいから、きつく縛るやり方をちゃんと教えてやれ」って言われました。
―歯で元結の一方をくわえて縛ってらっしゃいますが、やっぱりあれはきつく縛れるんですか?
あれは、引っ張るというよりはかんで押さえておくだけ。ひとつのコツなんです。でも歯はガタガタになります。みんな入れ歯とか差し歯。
―もたなくて?
はい。一度ね、北の湖さんが理事長のときかな…、床山の停年を65から延ばそうかって話があったんです。「70歳までやるか?」って言われましたが「いや、それまで歯がもたない」って。
―やっぱり床山は歯が命!
入門の面接でも「歯は丈夫か?」って聞かれましたから(笑)。
―床蜂さんも元結はきつくと教えられたんですか?
私の師匠は高島部屋の床秀さんという方で、元結を締めるのがすごかった。うまいんです。バチっと締める。自分も元結の締め方では随分怒られました。一気に締めたほうがきつく締まるって教えられて、普通は2周回して締めてるけど、私は3周回してから一気に締める。
―へぇ、そのほうがきつく締まるんですね。
あと、今は元結を2本使ってますけど、1本のほうがいいんですよ。ただね、今の元結は弱い。
―機械で作るからですかね?
それもあると思います。昔のは強くて、よく手のタコが元結で切れてましたが、今のは手が切れる前に元結が切れてしまう。
横綱・白鵬の頭は横綱・双羽黒のマイぐしで
―床山さんの道具として、マゲ棒、元結、あとくしですが、くしも床山さんならではですね。
相撲は独特なんです。歌舞伎で使うくしとは違います。くしといえば、今でも1本だけ持ってるものがあるんですよ。もう30数年くらい前のもの。横綱の双羽黒さんが使ってたもので、彼はマイぐしを持ってたんです。
―マイぐしを持ってる力士はけっこういるんですか?
少ないです。普通、稽古終わってから頭やる。その後、力士は昼寝するでしょ。どうしてもまくらで少し乱れてしまう。それで、双羽黒さんは昼寝の後に出かけるときは、マイぐしで整えていたんです。
―身だしなみにきちんと気を使われる方だったんですね。
私が出かけてる時に、双羽黒さんから電話あって「頭できない?」って言われたことがあって。「出先だからくし持ってないよ」って言ったら、自分が持ってるからって。で、頭縛りに行って、そのときに「章さん、これやるよ」って言われてね、譲り受けたんです。でも、もったいなくて、10年以上寝かしてたかな。白鵬が横綱になって4年目くらいで、横綱に使うならもったいないとか言えずに使えるかなと思って使うようになりました。
―では、白鵬関の頭は双羽黒さんのくしでされていたんですね。
はい。若い衆にはそのくしは一切使ってません。白鵬に「そのくし、床竣にやったら?」って言われたけど「まだ顔じゃない」ってね(笑)。
―お!お相撲ことば(顔じゃない)が出ました。ところで、くしは10年も置いている間、メンテナンスとかするんですか?
いや、油塗ってティッシュで包んで箱にいれておくだけ。箱開けたらカビが生えてました。でも、カビをはかないとだめなんです。新しいくしを買ったときも、油塗ってティッシュで包んで1~2年おいてカビをはかせます。元結もそう。半年くらい寝かして白が茶色になったくらいがちょうどいいんですよ。
―ほぅ。知りませんでした…。ほかに床山さんの技というかコツのようなものはありますか?
これも師匠に言われたんですが、油でごまかすなと。油できれいにできるんだったら、誰でもできるってね。私は千代の富士さんの頭もやらせてもらったことがあるんですが、太くて針金みたいな髪だった。コシがありすぎて、マゲ棒がぶっこわれるんじゃないかって思うほど。初めてやらせてもらったとき、もうしんどくて、なまくらで油を多めに塗ったんです。そしたら「今日はえらい多めに塗るな」って言われて。
―ばれちゃうんですね!すごい。
そして「明日苦労するぞ~」って言われて、案の定ですよ。もんでももんでも元結の跡が取れない(笑)。
―油塗りすぎで?
はい。本当に往生しました。そのときは千代の富士さんが一番難しいなって思ってたら、上手がいました。白鵬です。白鵬は逆にコシがなくて、1本1本がめちゃくちゃ細いんです。でも、油の量はそんなに使わずにやっていましたね。巡業のときに、白鵬の頭を、洗い髪でしたが、ちょっとの油でやっていたら、ほかの部屋の人が見て「それだけしか使わないんですか?」って驚いてた。ちょうど石浦がそこにいたんだけど、「章さん、あんまり油つかわないですよ」って言ってたね。
―技術があるから油に頼ることがないんですね。さすが。停年されても、ときどき部屋に指導に行かれたりはされるんですか?
何度かは行きました。家にいても暇なんで。去年、挨拶回りで九州行ったときに、3ヶ月ぶりに白鵬の頭やったんですが、やっぱりしばらくやってないと不安だったんです。「多少落ちてるかも」って言ったけど、白鵬が「いやいや大丈夫」って言ってくれて。意外と手が覚えてるというか、手が勝手に動いてましたね。
―その会話に信頼関係が見えますね。それにしても、床蜂さん、千代の富士、双羽黒、白鵬と歴代横綱の頭をされてきて、特に白鵬関は優勝力士として42回(床蜂さんが頭をされた回数)大銀杏を結う大役をこなされました。
新弟子のころは、あんな(仕度部屋の)真ん中で優勝力士の頭やるなんてうらやましいと思ってました。まさか自分が40回以上もやることになるなんてね。双羽黒さんの頭やってたときは「早く優勝して真ん中でやらせてよ」って言ったら「いいですよ~」なんて言ってたのに、一回もやらないまま終わっちゃって(笑)。でもね、本当にいい床山人生でしたよ。
相撲のことば以外のお話もたっぷりしてくださり、楽しく充実したインタビューありがとうございました。そして、まだまだこれからも床山の技術を伝えるべく、また貴重なお話を聞かせてください。床蜂さん、遅ればせながらお疲れ様でした! これからもまだまだよろしくお願いいたします!