令和5年三月場所から、番付の書き手が木村容堂さんから木村要之助さんに引き継がれました。戦後8人目の書き手となられた要之助さんインタビュー後編では、相撲字、そして番付を書くことの難しさについて伺いました。
番付書きのスケジュール
―まずは番付を書くというお仕事の概要からお伺いしたいのですが、スケジュールはどんな感じでしょうか?
場所後の番付編成会議で番付が決まると原稿をつくります。番付には下の四股名や出身地も入りますから、そこも含めて原稿にします。
―原稿とは?
会議では上の四股名、例えば番付には「照ノ富士春雄」と下の四股名も入りますが、会議では上の四股名しかでてきませんので、下の四股名も入れた原稿をつくります。あとは、改名する場合や、出身地を変更する場合もありますし、各一門から「送り人別」という上と下の両方の四股名、出身地の一覧をもらって、原稿にするんです。それが間違っていないか、助手と3人で読み合わせをします。確認ができたら書き始めます。
―原稿作成、番付を書かれるのにどれぐらいの日数なのでしょう?
原稿は読み合わせも含めて3〜4日、書くのは10日〜2週間ほどかかります。
―今日はここからここまでと決めて書くのですか?
ある程度は決めますね。同じ段で太さが変わるといけないので、なるべく同じ段は同じ日に書きます。自分でだいたいこれくらいかかるだろうと見当をつけて、午前中はここまで、午後はここからここまでとか。
―1日に何時間くらい書かれるのでしょう?
集中力がそんなに続かないので、夜までは…。日があるうちまでで、午前中4時間、午後3時間くらい。状況によって変わります。
―書き手によって、どこから書き始めるのか全然違うと聞きましたが、要之助さんの順番は?
序二段の出身地から始めます。
―一番小さい序ノ口ではなく!?
これは人それぞれで、一番細いのは序ノ口なんですが、私の場合は序二段で太さに少しずつ慣れて、そこで次に序ノ口はこれより細く書く感じで。正直、私は細いのが苦手なんです。
―ほぅ。序二段、序ノ口ときて次は?
序ノ口と同じ段の床山さん、呼出しさんを書いて、次は三段目、幕下と上がっていきます。
―最後はどこでしょうか?
親方です。
―ちなみに他の方はどんな順番だったりするのでしょう?
容堂兄弟子さんは、上から書いておられました。逆に幕下以下の少し太いところから書いて、細くしていく方もいるでしょうし。
私は苦手な細いところを書いて、なんとか早くそこを済ませたい…という感じで。精神的にも(笑)。
―ちょっと楽になりますよね!
縮小印刷される本番付ならではの難しさとは?
―番付は実際には大きく書いて縮小して印刷されていますが、どんな紙に書かれているのでしょう?
縦110センチ、横80センチのケント紙です。
―書き手のご自宅で書かれるとのこと。けっこう大きな紙ですがテーブルで書かれるんですか?
敏廣の親方(36代木村庄之助、戦後6人目の番付書き手)は地べたに置かれていましたが、私は腰が痛くなるので大きなテーブルを用意して、椅子に座って書いています。
―ダイニングテーブル的な?
たまたま家にあったんですが、90センチ×150センチくらいのテーブルです。
―番付を書く部屋を作られたんですか?
そうですね。仕事部屋として1つ確保して。誰も入れないで(笑)。
―秘密の小部屋ですね〜。
はい(笑)。
―相撲字、とくに番付の相撲字の難しさはどのようなところでしょうか?
相撲字はすべてが難しいのですが、本番付となると幕下以下の字がまったく変わります。細く書かないといけないんです。
そもそも、相撲字は太く書きなさいと教わるわけです。
板番付では幕下以下も太く書いていたのが、本番付では幕下以下を太く書きすぎると縮小印刷したときに潰れてしまいます。
細く書かないといけないというは本当に難しいです。しかも、太さにむらがあってはだめですし。正直なところ、太く書くとそのあたりは目立たないんですが、細く書くと目立ってしまいます。同じバランスで書いていくのが難しいですね。容堂兄弟子さんはムラがまったくありませんでした。これは本当にすごいことです。
―番付書き手ならではの苦悩ですね。
はい。ですから、今回新たに秀朗さんが助手に加わりましたが、今までの板番付での幕下以下の感覚は捨ててと伝えました。
でもどうしても太く書きたくなってしまうんですよ…。
―縮小して、さらに印刷するという工程に落とし穴があるとは!ですね。
容堂兄弟子さんが書かれていたものを読み合わせのときに見ていて、ある程度太く書いても大丈夫と教わりつつ、そういう感覚はもっていました。
実際に自分が書いた刷り上がりを見て思ったのは、十両以上は意外と変わらないのですが、幕下以下が縮小することでこんなに変わる(太くなる)んだと驚きました。縮小することによるイメージの変化って大きいんだなと思いましたね。
十両以上はもっと太く書いてもいいし、逆に幕下以下はもう少し細くてもいいかなと感じました。
―仕上がりまで考えなければならないんですね。今まで4回(令和5年9月時点)書かれていますが、いかがですか?
まだまだ、本当に慣れないといいますか…。一生慣れることはないと思いますが、最初はやっぱり緊張しました。
―最初の刷り上がりをご覧になったときはドキドキでした?
そうですね。とにかく間違いがないようとしっかり読み合わせもやっているんですが、番付発表の日に電話がかかってくると「あ!なんか間違ったかな…」とドキッとしますね(笑)。
―容堂さんから何かお言葉はありました?
この調子でどんどん書いていって、ということを言っていただきました。
令和5年九月場所の番付、序二段部分
―もちろん容堂さんの番付はお手本とされていると思いますが、ほかに相撲字でお手本にされている方はいらっしゃいますか?
基本は行司の師匠である朝之助の親方です。昔は一門の先輩から教わることが多くて、字を見ると一門がわかるというか、この先輩に教わったんだなとわかります。
私の師匠の朝之助の親方は、基本を大事にされる方でした。基本というのは奥深いというか、なかなかできないものです。
相撲字の基本は「山・川・海」で、まずはこの字から稽古するのですが、行司になりたてのころは正直あんまりおもしろくないんです。でも、これが大事なんだとずっと言われてきて、いろいろ書いていくうちに、この3文字の難しさ、奥深さがわかっていきます。
とくに幕下以下の「山」は本当に難しい。番付では細長く縦長に書かないとだめですが、真っ直ぐに書いていても筆の入り方で曲がって見えてしまったりと、難しいです。
―四股名でよく登場する字で好きな字はありますか?
基本的にありません(笑)。逆に難しいのは、「阿」や「北」です。番付で縦長に書く際、縦長に合う字と無理な字があるんです。「北」は横長に書くのはよいのですが、縦長はね…。
―バランスが取りづらい?
そうなんです。
相撲字はいろんな考え方があって、基本的に楷書に肉をつけたものですが、四角い中に字を入れたとき、白い部分がある程度バランスよくないときれいに見えないものです。ある意味、絵に近いところがあると思います。
本来は楷書通り書くべきではありますが、私は白い部分が目立ってしまうのはあまりよくないと思いますので、楷書通りに書かない場合もあります。
―それも基本があってのアレンジというか工夫なんでしょうね。
基本は本当に大事で、朝之助の親方は相撲字に限らず、土俵上の所作などもすべて基本通りなんです。
入門した当初に言われたのは「絶対に格好をつけるな。所作でも相撲字でも基本通りにやりなさい」ということです。当時は何もわかりませんでしたが、今になって、本当にその通りだと思います。
また、「自分から型をくずすな。それはただくずれているだけ」とも教わりました。
例えば歳をとって軍配を肩の高さにあげたくてもあげられなくなることもあります。けれども、若いときにきちんと基本を身につけていれば、それがだんだんいい絵になっていく。
人によって考え方はいろいろあって、自分はこうしたいというのがある人もいますが、私はやはり基本を大事にしていきたいと思います。
要之助さん愛用の筆。手前の筆から順に「御免蒙」、「親方」、「十両」、「幕内」、「幕下以下」と使い分けるそう。筆はすべて浅草橋の行司さん御用達書道道具店・光雲堂のもの。30代木村庄之助こと戦後5人目の番付書き手・鵜池保介さんのインタビュー内でも紹介しています。
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木村要之助(きむら・ようのすけ)
三重県伊勢市出身 東関部屋→八角部屋
平成2年三月場所、木村真志として初土俵。平成6年木村要之助を襲名、平成27年五月場所で幕内格に昇進。令和5年三月場所より番付書き手を務める。
Photo:Kaori MURAO
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