22年ぶりに横浜市出身の関取となった荒篤山関(荒汐部屋)にお話をうかがいました。相撲のこと、12歳まで暮らしたフィリピンのこと、横浜での中学時代のこと・・・笑顔の素敵な関取の楽しいインタビューをどうぞ!
※この記事は、取材対象者と十分な距離を保ち、可能な限り接触を避け、十分な換気を行うなど感染症対策を講じたうえで取材したものです。取材対象者には撮影時のみマスクを外していただきました。
師匠交代後、初の関取誕生!
――十両昇進おめでとうございます! 幕下筆頭で5勝、文句なしでしたね。
ありがとうございます。勝ち越しを決めてもまだ一番あったので、気を抜かないようにしました。勝ち越したときよりも、最後の一番に勝ったほうがうれしかったです。
――荒汐部屋は師匠が交代されてから初めての関取誕生です。
今の師匠(元蒼国来)からは「気持ちの問題」とずっと言われていました。「勝ちたい気持ちはわかるけど、そうじゃなくて、稽古場どおりの自分の相撲をとることだけを考えていれば結果は必ずついてくる」といつも言われていたので、そこを意識するようにしました。
師匠はこれまでもずっと一緒に稽古をしていて、胸を出してもらったりしていたので、具体的なアドバイスを聞いています。土俵の中にいて「何かあったら聞け」と言ってくださいます。
――十両昇進、元突光力の吉田さんがツイッターでとても喜んでいらっしゃいました。
吉田さんは引退されてから、場所前にウイダーinゼリーを大量に送ってくださるんです。ぼくたちが冗談で「送ってくださいよ〜」って言ったら、本当にずっと送ってくださっていて。ありがたいです。
吉田さんとは、入門時期が近くて。自分は15歳で入門したんですが、まだ日本に来て3年しか経っていないし、わからないことだらけ。吉田さんにいろいろ教えていただきました。
――吉田さんは社会人を経験されてから入門ですから、お兄さんみたいな存在ですね。
そうですね。かわいがってもらいました。たまにケンカしたり。
――ケンカするんですか?
ケンカというか、自分は言葉遣いもよくわからなくて、失礼なことを言ってしまうことがあったので。
――荒汐部屋のみなさんは本当に仲がいいですね。
そうなんです。先代のおかみさんにも「あなたたちの笑い声が大きすぎる」とよく言われます(笑)
――福島モンタさんのマンガ、とっても楽しいです。
あのマンガのまんまなんです(笑)。すぐふざけあったりして。今は部屋でしか稽古ができないので、みんなでゲームしたりして息抜きしています。
――蒼国来関や突光力さん、福轟力さんが引退されて、荒篤山関も年長になってきましたね。
そうなんですよ。15歳で入門して一番下だったのに、今では力士では上から2番目の年齢です。番付ももっと上にいきたいですね。
フィリピンで暮らし、12歳で日本へ
――12歳までフィリピンにいらしたんですよね。
はい。日本に来た目的は、そもそも旅行だったんです。そのとき父親に「日本に住んでみないか」って言われて。自分はフィリピンにいましたが、母親は日本で働いていたので離れて暮らしていました。だから日本に住めば母親と暮らせると思って、「住みたいです」と即答しました。その翌週には地元の中学に通うことになっていました。
――お父様、仕事がはやい!旅行ついでに住んじゃった、って感じなんですね。
そうなんです。日本に来てみたい、母親と住んでみたいと思っていたのでよかったです。
――フィリピンと日本では気候に差がありますよね。
フィリピンは一年中夏です。日本に来たのは確か秋口でした。飛行機降りて、駐車場に行くとき母親に「この駐車場、冷房効いてるの?」って聞いたのを覚えています。それぐらい涼しかったです。
フィリピン時代は半袖しか持っていなかったんですが、母親は長袖を用意してくれていて、そのとき車の中で着ました。人生初の長袖です。
――日本では横浜の中学(十日市場中学校)に入られました。どうでしたか?
日本語は「はい」と「いいえ」しかしゃべれないし、耳から入る言葉も全然理解できなくて。でも、クラスメイト全員、親切にしてくれました。学校通い出して2日目に机の中に紙が入っていて。なにかなって思ったら、クラスメイトの名前と席順をローマ字で書いたものでした。すごくやさしいなって思いましたね。
その紙でクラスメイトの名前を覚えることができました。
――受け入れ態勢万全だったのですね。いい学校に入りましたね。
本当にそう思います。担任の先生もとてもやさしかったです。みんなからいろんなことを教えてもらいました。
――中学校は給食?お弁当?
お弁当だったんです。それも自分にとってはよかったです。
――いきなり日本の給食っていわれても、食べ慣れてないですもんね。
給食だったら食べられなかったと思います。というか中学がお弁当でそのまま角界入りしたので、給食っていうものがあるのを知らなかったんです。力士になって、慰問とかで学校訪問するようになって、初めて給食の存在を知りました。フィリピンの学校はお弁当と学食だったんで。
――お母様がつくるのは日本食?
日本食も出ましたが、食べられなかったです。生ものとか…いろんなものがダメでしたね。
――白米は?
白米は大丈夫でした。めちゃくちゃおいしい!と思いました。
――お味噌汁は?
ダメでした。そもそも味噌がダメで・・・
――食べられるものがあまりないと痩せちゃいません?
日本に来るとき、スーツケースにフィリピンの食べ物を入れてきました。母親も「最初は絶対に日本食があわないから」って大量に買ってくれていたんです。
でも食べられるものもたくさんありました。天ぷらだったりすきやきだったり。すきやきは生卵つけるのはダメだったので、そのまま食べてましたね。
――おふくろの味は?
この8年ぐらい、場所前に母親がフィリピン料理を冷凍にして送ってくれるんです。取組がある日の朝は必ずそれを食べます。ゲン担ぎみたいな感じですね。
シニガだったり、アドボだったり、ニラガだったり。スープ系が多いです。
憧れの力士には自らアプローチし、アドバイスを聞く
――昇進会見とき、御嶽海関が目標とおっしゃっていました。御嶽海関もお母様がフィリピンご出身ですね。
御嶽海関にはいろいろ聞いています。連合稽古のときに聞いたアドバイスを、その後場所までの2週間の部屋での稽古で実践したら、本場所で勝てるようになりました。
関取も話せるので、2人で話すときはタガログ語です。
――そうなのですね!以前、弊サイトでも御嶽海関にプチタガログ語講座をしていただきました。
御嶽海関の集中力ってハンパないんです。今まで普通に話していた人が、まわしつけた瞬間、自分のモードにはいっていく。短時間であれだけ集中するのは本当にすごいと思います。
――ほかに目標とする力士はいますか。
琴勇輝関(現君ケ濱親方)にもいろいろ聞きました。なにをしたらそんなにつっぱれるんですか?って聞いたら「腕立てをやりなさい」と。どのくらいやったらいいんですか?「とりあえずやりなさい」と。
3〜4年前にそのアドバイスを聞いて、最初は10回もできなかったのが、今は200回できるようになりました。腕立てをやるうちに、相手を押す力がついてきましたね。
――君ケ濱親方とは一門も違いますが、お会いする機会があったんでしょうか。
場所中ですね。前から琴勇輝関のつっぱりに憧れていたので、話しを聞いてみたいと思って、声をかけさせていただきました。
聞かないと話にならないので、自分から聞くようにしています。みなさん、教えてくださるんで。
琴勇輝関には、気持ちの切り替え方も教えていただきました。自分は負けた相撲を引きずってしまうことが多かったんですが、琴勇輝関に「負けた事実は考えても何も変わらない。負けたら花道から支度部屋に入るまでで気持ちを切り替える。支度部屋に入ったら負けた相撲のことは考えるな」と言われたのを、この1年ぐらい実践しています。
――「気持ちの問題」と師匠に言われていたとおっしゃっていましたが、これも気持ちですね。
はい。本当に気持ちが一番強くなったんじゃないかと思います。
荒篤山関のプチ・タガログ語講座
――今でも話せるとのことですが、タガログ語で「猫」と「犬」は?
猫はプサ、犬はアソです。。
――「勝つ」「負ける」は?
勝つはバナーロ、負けはバル。
――「おいしい」は?
マサラップ。
――「かっこいいですね」は?
ポギ。
――荒篤山関に声かけるときは「ポギ!」って言わないとですね。今回の昇進、フィリピンのご親戚も喜んでいらっしゃいますか?
ものすごく喜んでくれています。自分はフィリピンではおばあちゃんと暮らしていたんですが、2〜3歳のころ大相撲の放送がたまに流れていて。おばあちゃんが「これ(力士)になりなさい」ってふざけて言って、自分も「なる〜」って言ったらしいんです。全然覚えていないんですけど、ほんとに力士になっちゃいました(笑)
――おばあさま、お相撲を実際に見られたことは?
ないです。来てほしい気持ちもありますが、自分の取組を見るのはドキドキするっていうんで心配な気持ちもあって。
――いっそうご活躍されて、フィリピンにもいい報告をしたいですね。
はい。がんばります!
荒篤山関 一問一答
Q 趣味は?
A 映画鑑賞です。アクション映画が好きです。
Q 休日の過ごし方は?
A コロナ禍になる前は他のスポーツをやってる友達と会っていました。
Q 好きな食べ物は?
A お肉。ステーキ、焼肉!
Q 好きなちゃんこの味は?
A 荒汐部屋なんで塩味です。
Q 好きなアーティストは?
A AK―69さんの大ファンです!
Q相撲以外に見るスポーツは?
A 水泳、ラグビー、アルペンスキー。選手に友達がいるんで、友達の試合は全力で応援します。あとはNBAです。
Q 犬派?猫派?
A ダントツ犬派です。フィリピンでも4匹飼っていました。猫でかわいいのはモルだけです。モルはスリスリしてきて本当にかわいい。モルに会わなかったら、猫のことをかわいいとは思えなかったですね。ムギは心を許した人じゃないと触らせてくれなったので。
Q 横浜の思い出は?
A 中学校で日本語を覚えたことです。
Q おすすめの横浜名物は?
A シウマイですね。うちのマネジャーもシウマイ弁当大好きです!
photo:Tomoko Hanai
荒篤山 太郎(こうとくざん たろう)
神奈川県横浜市出身、荒汐部屋所属。本名は寺井ジャスパーケネス。12歳までフィリピンで過ごす。15歳で入門。初土俵は平成21年九月場所。