相撲デスクでおなじみの日刊スポーツ・佐々木一郎さん最終回

おすもうに必要な道具や装束などを作る職人さんや、おすもうを広く世間に伝えるメディアの人達などなど、おすもうに携わる「おすもう人」に、仕事やすもうに対する思いを聞きました。「相撲デスク」としてもおなじみの、日刊スポーツ・佐々木一郎さんの最終回となる今回は、相撲の深~い魅力について語っていただきました!

佐々木一郎 ささき・いちろう
日刊スポーツ新聞社 編集局 東京五輪パラリンピック・スポーツ部 次長
サッカー、オリンピック、大相撲担当記者を経て、現在は大相撲などのデスク担当に。「月刊相撲」(ベースボール・マガジン社)で連載中の「稽古場物語」では、自身の筆による相撲部屋の俯瞰イラストが大好評。ツイッター@Ichiro_SUMO

相撲のおもしろみをわかるには自分に余裕がないとダメ

――佐々木さんの思う「相撲の魅力」とはなんでしょうか?

奥が深いところ。ルールが単純で、子供でも勝った負けたがわかる。でも大人の嗜みにもなりうるという。

――確かに土俵を割るか体が土俵につけば負けですもんね。外国人でも見ていてわかります。

そうなんです。でも、どうやって勝ったかを考え出すとこれまたきりがない。それがおもしろいところではありますよね。

それから、曖昧さとかおおらかさ。ときに、相撲って自分の寛容性が問われてるんじゃないかと思うことがあります。なんでもかんでも杓子定規じゃないのがいいところ。

 

――取組や番付も単純に勝敗で決めるならパソコンとかで瞬時に出ますが、今でも巻とにらめっこしながら人が決めてますもんね。

番付を決めるのは審判部の意向もあるだろうし、相撲内容なんかはコンピューターにはわからないところで決まっていくわけです。そうすると、当然どこかでやるせない気持ちも出てきます。え、なんでそうなの? とかね(笑)。でも、そこを「なんで?」じゃなくて、「相撲ってそういうところあるよね」って思えるかどうかが大事。

*巻/場所ごとに作られる巻物状のもので、東西の番付順にしこ名が書かれ、すべての取組結果が書きこまれる。これを見ながら取組や番付を決めて行く。

――そこを「なんで?」ってなると、そもそもなんで髷結ってるのってとこまで行ってしまいますね。

そうそう。じゃ、なんで朝稽古しなきゃいけないの? とかね。相撲は伝統文化なんで理屈だけで進まないところがいっぱいあるわけです。髷もそうだし、なんで着物とか浴衣とか着なきゃいけないの? とか。これを合理的にスポーツに特化させてしまえば、排除できるところはいくらでもある。単にスポーツと言いきれないところがたくさんあります。興行であり神事であるところとかもね。勝敗だけで考えれば、叩いたり変化して勝っても何の問題もないけど、それではお客さんが喜ばない。そこをいかにおもしろいと感じられるかが肝だと思います。

――深いですね~。

そこをわかるにはね、自分に余裕がないとだめなんですよ。「そういうのもいいじゃん」って思える余裕がないと、「もぉ~~っ!なんでそういう番付になってんのぉ~~!」ってなるじゃないですか(笑)。スポーツの側面だけで見るとやりきれない。

――それって力士側に対しても言えることかもしれません。先日、把瑠都さんが最近の力士は遊ばないっておっしゃってましたが、本当に遊んでちゃダメですが、粋な遊びの心もあってほしいなっていうか……。

でもおすもうさんってどんどんアスリート化してますよね。本当に場所中は飲みに行かないとか。そりゃ次の日の取組考えたら、その方が絶対いいんです。ただ、相撲の文化はそういうのじゃなくって、九州場所なら中洲にみんなで飲みに行って、「昨日何杯飲んじゃったよ」とか言ってるの聞くと、なんだかほっとするというか幸せな気持ちになるじゃないですか。ゲン直しに飲みに行ったとか、焼肉50人前食ったとかね。そういう文化って大事にしてほしいと思っています。もう勝負優先で、取組終わったらマッサージ受けてプロテイン飲んで早く寝ましたってのも立派だけど、それじゃどこかしら寂しい。そこは文化として繋げていってほしいと思いますね。

――そういうのもひっくるめて文化なんですよね。

見る人もおおらかに、そういう見方をして楽しんだ方がみんなで文化を育てていくって感じになる。見る側も相撲文化を継承していく一人だと思った方がいいですね。あとね、記者との関係も人間で左右されるところがあっていいんです。取組が終わったあとは、ミックスゾーン作って囲んで記者会見するとかすればいいんでしょうが、そうじゃなくって馴染みの記者には「実はさ……」って話をしてみて、まだ顔じゃない記者には突っ込んだ話はしないとかは、人間味のあること。顔がない人はきゅうくつかもしれないけど、それも文化の一つだと思えば、フェアじゃなくていいと思ってます。これがテニスツアーだと、トーナメント中は試合後の記者会見が義務づけられているけど、試合がない日の練習は一切話をしなくてOKってなっちゃって、全メディアに対してフェアなんですが、おもしろくないでしょ。で、勝敗がポイント化されて世界ランキングが決まるわけです。相撲だってそれやろうと思えばできる。でも、やらないところをおもしろがらないと、文化として成り立っていかないんじゃないかな。適当なところは適当でいいし、そこでおすもうさんのおおらかさが自然に醸し出されるし、それがいいところ。

――だいたい無差別級でやってるのもいい意味で適当ですよね。

そうなんです。だから、無理して相撲はオリンピック種目にならなくていいし、そういう問題ではない気がします。

相撲ブームの今だからこそ、原点に立ち返るべき

――最近の相撲ブームはどう感じていらっしゃいますか?

いいと思います。ある程度行きつくところまで行ったかなという感じはしますね。でも、ここでメディアが気をつけないといけないのが、相撲っていうのは番付社会であって、けっこう激しい格闘技をやっているという原点に一度立ち返るべき。私がツイッターとか、絵日記とか総選挙とかやってるのは、相撲ってこんなおもしろい一面もあるんですよとか、親しみやすい側面もあるよとか、敷居が高いものじゃないよってのをわかってほしくてやってるんですが、それが行きすぎてしまうとおすもうさんが芸能人になってしまったり、アイドル的な扱いばかりが目立つようになって、本質を見失ってしまうことになりかねません。今その危ないところまできてるかなって感じますね。

――なるほど。テレビへの露出もかなり多くなっていますね。

だから逆に今こそ、稽古って激しいことやってますし、本場所の取組も一歩間違えれば大怪我につながるような、常人には考えられないほど体に負担がかかることをやっているというのは再認識して、十両以上の資格者じゃなきゃ基本的に取材は受けられないとか、表に出られないとかっていう番付社会ってところは、大事にしてほしい。単にイケメンというくくりで番付が下の力士がもてはやされたりっていうのは、人気回復のためにはいいと思うんですが、行きすぎるとね……。強い人がえらいんだ、横綱がえらいんだってことを何百年も続けてきてるんだから、そこを忘れないようにしないと変な方向に行ってしまうような危険性を感じています。

「稽古場物語」のイラストが完成するまで。左からスケッチ、イラスト部分の清書、文字を入れたもの。

イラストはポストカードにして親方にサインをもらって記念にしているのだそう。

全ての相撲部屋を制覇するのが目標の「稽古場物語」

――日刊スポーツ以外でも相撲と関わるお仕事されていますね。

はい。ベースボールマガジン社さんの『相撲』という月刊誌で「稽古場物語」という連載をさせていただいています。日刊スポーツでは、今はデスク業務なので、相撲の現場との接点があまりなくて……。そこで、何か現場と繋がっていられて、かつ自分にしかできないことってないかなと思って企画を持ち込みました。

――稽古場の俯瞰間取り図が見ものですよね。あれは絵も描かれているんですか?

はい。独学なんですが……。妹尾河童さんって方があんな絵を描かれているでしょ。学生時代に結構読んでいて、河童さんの本にあの絵の描き方が書いてあるんですよ。大学の卒業旅行に行ったときもホテルの部屋の絵をあんな感じで描いたりしてましたね。

――すごい、理系ですか?

理系です(笑)。

――測ってるんですか?

歩測してるんです。さすがにメジャーでは測れないじゃないですか。ここからここまで歩いて何歩って。これはノートにざっとスケッチして、あとできれいに描き起こします。最初は部屋だけ描いて、それを縮小コピーして文字を書き入れます。全部手書きですね。

――絵はもともとお得意だったんですか?

いいえ。人の顔とか描けないですよ。この俯瞰図はやっていくうちにだんだん慣れてきたんですよね。

――これは見てる方も楽しめますよ。だって、なかなか部屋のこんな奥まで入り込めないですもん。

だからやる価値あるかなって思ったんですよ。記者だって誰でもここまで入れてもらえるものじゃないし。伝統文化という面でも、平成の時代に相撲部屋ってこういう形だったんだよって記録として残しておく価値もあるんじゃないかな。そういう意味でもやってよかったと思ってます。これが50年たったら、相撲部屋ってまた違うつくりになってるかもしれない。だからがんばってやろうっていうモチベーションになってます。

――全ての部屋に行く予定ですか?

はい。一応全部屋制覇を目指して……。今で33部屋くらい(取材時)行っていて、計算だとあと1年ちょっとで終わりますね。

――でも部屋も引越ししたりしてますよね。

だから、引越すたんびにまた行かなきゃってなるから、なかなか終わりが見えてこないですね(笑)。

記者として相撲の日々の取組から、伝統文化としての相撲も伝える「おすもう人」佐々木一郎さんのお仕事、考えを3回に渡ってご紹介してきました。相撲の深~いおもしろさや、相撲をやる側、伝える側はもちろん、見る側の私たちも相撲文化を支える大切な「おすもう人」であることに気づかされました!

この記事をSNSで共有する

コメントは受け付けていません。